03 カンタベリー周辺

2010年4月 6日 (火)

EGG / egg

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 エッグはかのデイブ・スチュアートとモント・キャンベルを擁し、カンタベリー系としては珍しくクラシカルな色彩を色濃く出していたバンドとして、60年代末期から70年代初頭にかけて活躍した名バンドである。彼らの音楽は大局的にいえば、クラシカル・ロックという形容すべきものだったが、例えば同時期に似たようなことをやっていたナイスやエクセプションといったバンドとは、全くといっていいほど雰囲気の異なるものだった。このあたりを評して、当時、たかみひろし氏はライナー・ノーツで「ロックをクラシックっぽく演奏するのがナイスやエクセプションで、エッグはクラシックをロックっぽく演奏している」旨のことを書いていたように記憶しているが、今から考えるとこれは間違いではないとしても、実は肝心の点を見落としていたようにも思う。

 それは、エッグというバンド....いやモント・キャンベルというべきだろうが、ともかく自分たちがターゲットとするクラシックの作曲家が他のバンドとは、全く違っていたという点である。彼らの音楽はナイスと同様、バッハを素材とすることもあったけれど(デイブ・スチュアートの趣味だった可能もある)、その多くはスラヴィンスキーを筆頭とする20世紀の音楽を、バンドの音楽的素材として大胆に持ち込んでいたということである。この傾向は1975年に一時的にエッグを復活させた時に制作された3作目の「The Civil Surface」に大胆に明らかになっているが、1作目の「交響曲第2番」、2作目の「小品第3番」といった大作にも色濃く漂っていて、非抒情的でメカニックな雰囲気、モダンな和音や調性感、奇妙なユーモア、幾何学的に作られたリズムといった点などは、同時代のいかなるバンドとも違う、独特な音楽至上主義的な佇まいというか、シリアスさのようなものをこのバンドに与えていた。

 さて、このデビュー・アルバムであるが、今回のリマスター化(2008年)に際して従来のヴァージョンから大きな変更というか、追加がある。それはオリジナル・ヴァージョンではカットされていた「交響曲第2番」の第三楽章が復活していることだ。当時は第二楽章に続いて収録されていたコラージュ風な「ブレーン」が、第三楽章に相当するものだとばかり思っていたが、実はちゃんと存在していたという訳である。問題の第三楽章は、なんとストラヴィンスキー「春の祭典」の「春のきざし」を額縁にして、ホルストの「惑星」の「海王星」をトリオ風にいれるという引用で彩られた、スケルツォ楽章なものであった。そういえば、オリジナルLPの裏ジャケには「春の祭典」がどうのこうの書いてあったようにも思うが、実はこのことだったのかと聴いて納得した次第である。ともあれ、これが復活したことで、この曲の交響曲としての体裁は形式的には更に整ったことだけは間違いない。まさに原典版の復活である。

 ただし、この第三楽章、おもしろいはおもしろいのだが、正直いってカットも致し方ない出来だったとも思う。「春のきざし」のリズムを使うのはいいとしても、やや使いあぐねて鈍重なものになっているし、そこから「天王星」というのもやや唐突感があり、全体としては冴えない感じがしてしまうのだ。おまけに「ブレーン」で散々効果音をぶんまわした後に、このリズムでは、構成上「ロックはどっかに行ってしまった」感じはするのも問題であったのだろう。ともあれ、「ブレーン」が終わると、カットインして第四楽章が始まるというのは、実に絶妙なハサミの入れ方であったと思う。もっとも、私のようなロートルは旧版があまりに刷り込まれているから違和感を覚えるのであって、今から聴くならより重厚さが増したこちらを聴いて方が良いと思うムキもあるかもしれない。完全版でこの曲を初めてこれを聴いた人に、ぜひ「カットの是非」について意見を聞かせてもらいたいところだ。

2010年3月 7日 (日)

GARY BOYLE / Games

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 先日とりあげた「The Dancer」と一緒に購入したもの。ただし、こちらは昔の作品ではなくて2003年に収録された比較的近年の作品である。ゲイリー・ボイルは「The Dancer」の後、数枚のソロを出していたことは知っていたが、それから後は全く消息を聞かなくなってしまっていた。小さなジャズ・クラブに出たり、マイナー・レーベルでソロ・アルバムが出ていた可能性もあるが、本作の内ジャケを見ると「25年振り云々かんぬん」というフレーズが出ていたりするが、実態としてはほとんど引退状態だったのだろう。
 さて、その久方ぶりのソロ・アルバムであるが、2曲だけピアノが参加しているものの、基本的には極めてオーソドックスなギター・トリオで録音されていて、メンツはウッド・ベースにRiaau Volso、ドラムスにPatrick Illingworth、ゲストのピアノがZoe Rahamanという布陣となっている。私にとっては全く無名な布陣であるが、名前からするとイギリスのインド系ジャズ・ミュージシャン達なのかもしれない。

 音楽的には全くもってオーソドックスなジャズ・ギター・トリオである。「The Dancer」で聴けたようなフュージョン色はもちろんだが、プログレ的あるいはジャズ・ロック的なゴリゴリ感もほとんどなく、全体としては、かつてジャンル横断的な活動をしていたジャズ・ギタリストが繰り広げる渋いジャズ・アルバムといった風情である。ジョー・ベック、マイク・スターン、ビレリ・ラグレーン、ジョン・スコフィールド、パット・メセニーといったフュージョン出身のジャズ・ギタリスト達は、時たま先祖返り的に4ビート・アルバムを出すけれど、調度、雰囲気的にはあれに近いムードといってもいい。
 もちろん、アメリカとイギリスという違いはあるから、ゲイリー・ボイルの音楽はより密室的でマイナーなところはあるが、総体的には前述のミュージシャンとかなり似たような立ち位置の音楽なように思う。「昔はいろいろやったけど、やっぱオレはコレだよ」みたいなところであろう。本作ではオリジナル作品の他、チック・コリアの「Windows」、マイルス・デイヴィスの「Blue in Green」、ヴィクター・ヤングの「Beautiful Love」というスタンダード作品を取り上げているが、この選曲がこうした立ち位置を雄弁に物語っていると思う。

 なお、かつての面影を偲ばせる曲としては、やはりピアノを迎えての1曲目の「Gozo」だろうか。ピアノとギターのユニゾンによるテーマ、多少入り組んだリズム・パターンなどからアイソトープや「The Dancer」が多少ちらついたりする。また「Makeover」は、かなり前の作品になるがブランドXが割と普通のジャズをやった「Xcommunication」での錯綜する4ビート音楽に近いものも感じたりするが、やはりピアノを迎えての「LP」は「The Dancer」でのバラード・プレイを思い出させる。
 まぁ、まだ探せばそういうところはいくらでもあるだろうが、やはり全体の感触としては、圧倒的にジャズ・ギター・アルバムである。しかも、特筆すべき点は、ここでのボイルは非常に実に芳醇なギター・ワークを展開しているという点だろう。私は昔からギター・ジャズが大好き....という点は抜きにしても、とりあえずクウォリティの高いジャズ・アルバムということだけは間違いないと思う。そんな訳で、本作は久しぶりアルバムを出してくれたボイルに対するお世辞でもなんでもなく最近の愛聴盤となっている。

2010年2月28日 (日)

HATFIELD AND THE NORTH / Archive Recordings 1973-1975 vol.1 "Hatwise Choice" [その1]

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 数年前に発表されたハットフィールド&ノースの未発表音源集である。ピップ・パイル自身の編集により、BBCの音源を中心に、ライブやデモなども取り混ぜ、CD2枚に分けて発売されたものだが、長年のファンならまさに待望のといった感じのアルバムであろう。購入してずいぶん経ってしまったが、ここ数日ようやっと聴いているところなので、今回はこれを取り上げてみたい。こういうアルバムはトータルな印象を語るより、どんな曲が、どんな風に、演奏されているかがポイントだと思うので、各収録曲について少しづつメモっていくことにしたい。なお、タイトルは例のおふざけ感覚なのか、ほとんどがオリジナルから変更されている。

01.Absolutely Wholesome (John Peel Show 1974) - 3:16
 シングルカットされた「Let's Eat (Real Soon)」のジョン・ピール・セッション・ヴァージョン。オリジナルの収録と近いセッションだったのか、アレンジやソロはほとんど変わらない。ドラムがやや饒舌なくらいか。ピアノもきっちりとオーバーダビングされてサウンド厚い。それにしてもこのクリアな音質には驚愕、オリジナルより生々しいくらいだ。

02.La Barbe est La Barbe (Top Gear 1974) - 6:51
03.Sober Song (Top Gear 1974) - 2:59
 オリジナルは第1作に収録されていた「Shaving is Boring」。この曲は旧B面のハイライト部分に当たり、ファンキーなリズムからやがてゴング風にスペイシー、かつハイテンションな展開に発展していくのが印象的だったが、前半はソフト・マシーン風なインプロ主体の進行を見せ、フィル・ミラーがフィーチャーされる後半はハットフィールドらしい手の込んだ展開を見せる。全編を通じてピップ・パイルのドラムが凄まじい。続く「Sober Song」は、第1作でも「Shaving is Boring」からそのまま続いて演奏されていた「Licks for the Ladies」のことで、リチャード・シンクレアのフィーチャーした牧歌的なボーカル・ナンバー。これもオリジナルとほぼ同様に演奏されている。

04.Hatitude (John Peel Show 1974) - 3:13
05.Strand on the Green (John Peel Show 1974) - 1:02
06.Hotel Luna (John Peel Show 1974) - 3:34
07.The Lonely Bubbling Song (John Peel Show 1974) - 1:20
08.Stay Jung and Beautiful (John Peel Show 1974) - 0:56
 04「Hatitud」はオリジナルはイマイチ不明だが、おそらくフリー・インプロだと思う。ドラムが主導して徐々にアップテンポな定型パターンへと形を整えていくあたりのプロセスはハットフィールドらしいスリリングさに満ちている。05「Strand on the Green」は前曲を受けてスコアリングされた推移的なテーマ。06「Hotel Luna」は、第2作の旧B面のメドレー「Mumps」の額縁となっていたテーマである。07「The Lonely Bubbling Song」はリチャード・シンクレアのボーカルをフィーチャーした小品だが、おそらく公式レコーディングはされていないだろう。08「Stay Jung and Beautiful」は、第2作旧A面のメドレーの筆頭を飾っていた「(Big) John Wayne Socks Psychology On The Jaw」で、ここでは編集でアウトロ扱いになっている。

10.Dave Intro (Live - London 1975) - 1:55
11.Take Your Pick (Live - London 1975) - 8:09
 10はタイトル通りデイブ・スチュアートのエレピによるイントロ。今聴くとチック・コリア風なのが微笑ましい。後半は第2作の「Chaos At The Greasy Spoon」と同様な展開となり、そのまま「The Yes No Interlude」に相当する11の「Take Your Pick」へと移行する。「The Yes No Interlude」はオリジナルでは管なども入っていたここでは4人のスリムな演奏になっている。中間部は変拍子にのったフィル・ミラーのギターがフィーチャーされた長いインプロ。デイブ・スチュアートがエレピを多用しているのが、いかにも1975年のハットフィールドである。なお、後半はオリジナル通りテーマが回帰するが、そのまま、「アフターズ」に収録されたライブでお馴染み「Halfway Between Heaven And Earth」のリズムパターンに突入して、これからだという時に何故だかフェイドアウトして終わってしまう、ちと残念である。

HATFIELD AND THE NORTH / Archive Recordings 1973-1975 vol.1 "Hatwise Choice" [その2]

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12.Son Of Plate Smashing Dog (Live - Emmen 1974) - 1:16
13.Thanks Mont! (Live - Emmen 1974) - 2:27
14.Amsterdamage 11/19 (Live - Amsterdam 1974) - 6:20
15.May The Farce Be With You (Live - Paris 1973) - 0:39
 このブロックは各地でのライブ音源がメドレーというかスナップショット風に繋げて収録されている(音質もこのあたりから幾分落ちる)。12「Son Of Plate Smashing Dog」はエッグ風なジョーク作品。13「Thanks Mont!」は第1作の「Son of "There's No Place Like Homerton」のエッグ風なテーマで、このタイトルからすると、やはりこのモチーフはモント・キャンベルが作ったものだったのだろう。演奏はかなりオリジナル通りだが、残念なことにノーセッツは参加していない。14「Amsterdamage 11/19」は、おそらく「Licks for the Ladies」の中間パートを抜粋したものと思われるが、一番ホットな部分が抜粋されているのはうれしい。フィル・ミラー、デイブ・スチュアート共に絶好調、ピップ・パイルもクレイジーである。全盛期のハットフィールドの凄さを垣間見てとれるトラックといえるだろう。


16.Finesse is for Fairies (Sounds of the 70s 1973) - 1:28
17.Ethanol Nurse (Sounds of the 70s 1973) - 2:56
18.Writhing and Grimacing (Sounds of the 70s 1973) - 3:42
 こちらは73年のデモ録音が3曲。16「Finesse is for Fairies」は、彼らにしては珍しくウェスト・コースト風な趣きも感じられるインスト作品。デイブ・スチュアートのオルガンがいかにそれらしくて笑ってしまうのだが、そのままマッチング・モールの「Nan True's Hole」が唐突に出てくるのはもっと笑える。前曲からカットインして始まる、17「Ethanol Nurse」と「18.Writhing and Grimacing」は、その「Nan True's Hole」の本編ともいえる演奏だ。後半に展開されるマッチング・モール流のカオスとは対照的にスポーティーなインプロは、なかなかのカッコ良さである。ちなみに、ハットフィールドはフィル・ミラーが持ち込んだ(と思われる)この曲をけっこう愛奏していたようで、「アフターズ」にも「Oh, Len's Nature!」というタイトルで、これとほぼ同様のパターンによるライブ演奏が収録されていた。

19.For Robert (Top Gear 1973) - 2:09
20.Blane over Paris (Live - Paris 1973) - 6:20
21.Laundry Soup (Top Gear 1974) - 0:57
22.Effing Mad Aincha (Live - Rotterdam 1973) - 2:58
 タイトルが笑える19の「For Robert」だが、断片なのでよく分からないものの、オリジナルは第1作の旧A面に入っていた「Rifferama」だろう。ドカスカしたリズムにのりつつ、ギターがボサノバだったりするのはいかにもハットフィールドだ。20「Blane over Paris」は、ワイアット風なスキャットをフィーチャーしたフリーキーな演奏。74.5年になると演奏自体、非常に洗練され、ある意味構造化してしまうハットフィールドだが、この時期だと、まだこういうマッチング・モールみたいな演奏もしていたのだ。21「Laundry Soup」も「Rifferama」風な演奏、22「Effing Mad Aincha」はデイブ・スチュアートお得意のトーンジェネレーターのノイジーなサウンドをフィーチャーしたかなりカオスな演奏だ。

24.Top Gear Commercial (Top Gear 1974) - 1:22
25. K Licks (Demo - Summer 1973) - 2:58
 24の「Top Gear Commercial」はトップギアのスポット用、あるいは番組のテーマとしてでも録音されたのだろうか、おふざけ調ジングル曲だ。最後にツェッペリンの「ホール・ロッタ・ラブ」のリフを演奏しているも可笑しい。25の「K Licks」は第1作に旧A面に収録されていた名曲「Calyx」である。ご存じの通りオリジナルではロバート・ワイアットがゲスト参加して、このスキャットを唄っていたので、リチャード・シンクレアのボーカルで聴ける同曲のヴァージョンというのは非常に貴重だ。アレンジもほぼ出来上がっており完成度も高い。ただし、こちらの方がまっとうなジャズ・ナンバーという雰囲気が強いのは、やはりさすがにリチャードもワイアットには敵わないといったところなのだろうか。

2010年2月21日 (日)

GARY BOYLE / The Dancer

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 我が家のオーディオ・システムからアナログ・プレイヤーを排除したのは、いつ頃だったろう。多分、十数年くらいだったと思うが、当時、まるで民族大移動のように過去の旧作がCD化されていた状況からして、自宅にあるLPが全てCD化されるのも、そう遠くない未来でもあるまいと、アナログ・プレイヤーを取り払ってしまったのである。当時、私が所有していたLPは、約1000枚程度で、今から思えばそれほど膨大ともいえない量ではあったものの、やはり私の見通しは甘かったとしかいいようがない。現在、LP時代にもっていたアルバムの大半はCDで買い直すことは出来たとはいえ、未CD化、あるいはCD化されても、当方が買い逃してしまっている作品も少なからずある。

 先日取り上げたサッド・カフェの「哀しき酒場の唄」などもそうだったが、それらと並んで「たまに聴きたくなっても聴くことが出来ないアルバム」の代表格だったのが、このゲイリー・ボイルの「ダンサー」なのであった(ついでにいうと、コックニー・レーベル、ダンカン・マッケイ、アドリアン・ワグナーなど未だCDで聴けない)。しかし、先日、ひょんなきっかけで新古品が発売されていることを知り、即座に購入手続き、さきほど家に到着、めでたくゲットすることが出来たという訳だ。
 さて、そんな実にお久しぶりな「ダンサー」。現在むさぼるように聴いているところだが、おそらく20年振りくらいなはずなのに、全然久しぶりという感じがせず、アルバム冒頭のシンセとギターのユニゾンに始まり、ウェス・モンゴメリー風なアコギでフェイドアウトする「処女航海」まで、アルバムの構成やソロ・パートの展開、サウンドのディテールなど、細部に至るまで実に克明に覚えていているのには、我ながら苦笑いしてしまった。当時、それだけ愛聴していたということなのだろう。

 本作は現在ではブリティッシュ・ジャズ・ロックの名盤という揺るぎない評価があるが、当時は実質的なアイソープの後継作にしては、いささかポップ過ぎるのではないか、日和っているのではないかという批評もあった。1曲目こそブランドX風なダークな陰影があるジャズ・ロック・ナンバーだが、2曲目タイトル・トラックなどファンスキーなディスコ調だし、アコギをフィーチャーした4曲目「ララバイ・フォー」や最後の「処女航海」などは、一瞬、アール・クルーかと思うようなリゾード風なクロスオーパー作品だったりして、全体としてはアイソトープやブランドXのアルバムほどの歯ごたえない....といった印象もあったからである。
 しかし、今聴くとむしろそこがいい。もちろん、サイモン・フィリップスのドラムが死ぬほどかっこよい「アーモンド・バーフィ」やデイブ・マックレーのエレピににんまりする「アップル・クランブル」など、今聴いても全く色あせないスリリングさがあるものの、今聴いて味わい深いのは、むしろ本作のAOR的な口当たりの良さを表に出しつつ、そこに隠し味のように従来のジャズ・ロック的なシリアスさを溶け込ませている点だったりしたのだ。

 1977年といえばロック・シーンはAORの全盛期であり、プログレ畑のミュージシャン達もこぞって「大人のロック」というトレンドと格闘していた時期でもあった。彼はそのあたりをあまりにスマートにこなしてしまったのだと思う。結果的にこの作品は、ジャズ・ロックというよりは、ボーカルこそ入っていないものの、むしろフィル・マンザネラ/801による「リッスン・ナウ」とかサッド・カフェの「殺怒珈琲II」、ケート・ブッシュのデビュー作といった、当時の英国産AORと共通するようなムードが強くなっていて、今聴くとそのあたりが、実に心地よく私に響いたというところだと思う。まぁ、本作がジャズ・ロックなのか英国産AORなのかはともかくとしても、ジャズ・ロック的なシリアスさとAOR的なスムースさが、実にほどよくバランスした名盤であることはだけは間違いない。
 ちなみに本作は日本国内のリマスターのようで、マスターのノイズが大きかったのか、ややノイズ・リダクションが強めで、オリジナルにあった高域の冴えた感じが多少後退しているのは残念だが、全体としては極端に音圧を上げたり、妙なイコライジングで元の質感が変えてしまったりすることがない、素直なリマスターなのには好感がもてる。

2010年2月15日 (月)

CARAVAN / Waterloo Lily

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 誰でも自分の愛好している音楽、あるいは音楽ジャンルは「他とは違う特別なもの」と思いがちである。例えば「ロックは音楽じゃない文化(カルチャー)だ」とか「ジャズは魂で聴け!」、「クラシックは人類の最高の遺産である」といったものだ。プログレなどもそうである。元々上昇志向が強く、芸術性の追求やその結果としての脱ジャンル音楽といった側面が強かったため、とりわけて「特別視」をされる傾向が強いように感じられる。だが「孤高な音楽」であるはずだった、プログレも今聴いてみると、意外なところにそのアイデアの源泉というか、言葉は悪いが「元ネタ」があったことに気がつくこともある。その一例が、キャラバンの第4作「ウォータールー・リリー」の2曲目に収録されている「ナッシング・アット・オール」というリチャード・シンクレアが主導した曲である。

 キャラバンといえば、カンタベリー・シーンでもソフト・マシーンと並ぶ両雄であり、まさにワン・アンド・オンリーな存在という感じのバンドだ。しかも、「ウォータールー・リリー」ともなれば、キャラバンの数あるアルバムでも、もっともジャズ色が強く(旧A面だけ)、孤高な作品というイメージがあり、この「ナッシング・アット・オール」などは、まさにそうした面を象徴したような曲ともなっている。しかしながら、この曲、実はマイルス・デイヴィスの「ジャック・ジョンソン」の「ライト・オフ」を「元ネタ」....いや、少なくとも、濃厚な影響を受けて作られた曲である(としか私は思えない)。イギリスのカンタベリーのコアみたいなキャラバンに、ジャズ界の巨人マイルスといったら、国も音楽の立ち位置もあまりに違い過ぎて、直感的に結びつかないというムキもあるだろうが、両方のアルバムをお持ちの方は、ぜひ虚心坦懐で聴き比べてみていただきたい。

 元ネタの「ライト・オフ」は、いきなり豪快にマクラフリンのギターに耳を奪われがちであるが、背後に陣取るファンキーなベース・ラインとベタなドラムのリズム・パターンは、「ナッシング・アット・オール」とやけ酷似している。元々マイルスのこの曲はベタでファンキーなリズムに、オブジェのような趣の切れ切れのソロをあれこれのっけていく、実験のようなセッションから切り貼りされた曲だった訳だが、キャランバン...いや、リチャード・シンクレアは、おそらくそのアイデアにいたく魅了され、バンドでやってみようと思い立ったのだろう。出来上がった曲は、ファンキーなリズムに乗って様々な楽器(フィル・ミラー、ロル・コックスヒルがゲスト参加)のアドリブが切れ切れにリレーするメインの部分にスタティックな中間部、そしてメインのパートのリピートである後半部という、構成すら「ライフオフ」を敷衍するような仕上がりとなっている。まさにキャラバン史上でも珍しい、「キャラバン・アラ・マイルス」的な瞬間の誕生だった訳だ。

 などと、今回も長くなかった(笑)。最後にこの曲が持つ「ライトオフ」とは明らかに異質な点をひとつ指摘して今回はまとめたい。この曲はスタティックな中間部がしばらく続くと、メインのテーマに戻る前に、非常に印象的なアップテンポなインプロ・パートが挿入される。この部分がやけにスリリングに進行し、そのハイライトでもって怒濤のようにテーマに回帰する訳だが、こうした構築的ともいえるアレンジは、全くもって「ライトオフ」にはない趣向である。キャラパンはこの曲では一見ジャズ・バンドのように振る舞いつつ、この部分では一気にこのバンドのプログレ的な素地を放出したといったところだろう(このパートではピアノ専門だったはずのスティーブ・ミラーが、何故か一瞬だけデイブ・シンクレア風なオルガンを弾いているところに注目したい)。この曲はこうした部分があったからこそ、単なる「ライトオフ」のエピゴーネンに終わらず、ジャズ・ロックの名曲となったのである。

● 愚にもつかぬ つぶやき