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2010年9月

2010年9月13日 (月)

EDGAR FROESE/Aqua

Aqua


 1974年リリースのヴァージンでの第一作。フローゼがオール時代のソロを残していたのかどうか、実ははっきりしないのだが、おそらくソロ作品としてはこれが第一作となるだろう。時期的には73年の「フェードラ」と74年の「ルビコン」の間くらいに制作されたようで、実際聴こえて来る音楽も、調度両作品の狭間のようなものになっている。
 具体的にいえば、オール時代のシリアスで重厚な音響に、徐々に抒情的あるいはロマンティックな情緒が浸食し始めたタンジェリン・ドリーム本体の音楽に、ほぼ歩調を合わせた趣きといってもいいと思う。まぁ、フローゼはタンジェリン・ドリームのリーダーだったから、こうなるのも当然といえば当然だろうが、ソロ・アルバムにありがちな趣味的な部分を展開したようなところが全くないのは逆におもしろい。

 ただし、タンジェリン本体とは違って、ペーター・バウマンがいないので、例の扇動的なビート感はほぼ皆無、フランケのパーカッシブでアブストラクトな音響センスもないので、音楽はややこぢんまりとしているのはソロ作品だから仕方ないところだろう。まぁ、その代わりといってはなんだが、ここには「悪夢の浜辺」や「フェードラ」を思わせる飛び散るようなシンセの粒子感、白日夢のようにどろーんとしてやけにスペイシーなオルガンの白玉が全面に出ているのが特徴ともいえる。
 タンジェリン・ドリームの音楽というのは、テンポの緩急やサウンドのメリハリという点で、一聴して即興的に聴こえても、実は明確にハイライトが設定された構成的なもの(特にスタジオ録音はそう)であるのに対して、ここで聴こえてくる音楽は一見それと似ているようで、ある意味アンチクライマックスの音楽というか、時間のとまった宇宙を永遠に漂っているような感覚があるのが特徴だと思う。まぁ、そのあたりがタンジェリン・ドリーム本体とはまた違った気持ち良さだろう。

 収録曲では17分に及ぶタイトル・トラックの「アクア」が聴き物だ。文字通り「水」をキーワードに様々なイメージを膨らませた音楽で、ふざけた表現をすれば「悪夢の浜辺(フェードラ)に至る川の流れ」といった趣きが感じられる。2曲目は「パノフェリア」は単純なシーケンス・パターンにのって様々な音響が繰り出させれるタンジェリン・ドリーム本体の「フェードラ」を思わせる作品だが、さすがにこういう作品ともなると、スケールといいサウンドの多彩さといい、さすがに本体の完成度にはかなわないという気がする。
 旧B面の「NGC891」は序盤でオール時代を思わせる荒涼としてスペイシーな音響が展開され、途中から「ルビコン」を思わせるリズム・パターンが入ってきてタンジェリン・ドリーム本体を彷彿とさせる音楽となる。ラストの「アップランド」もオール時代を思わせるスペイシーな音楽で、オルガンの狂おしさが懐かしい。

2010年9月 3日 (金)

森園勝敏/クロス・トーク

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 「ジャスト・ナウ&ゼン」から6年後の作品だが(両者の間には「4:17pm」という作品もあるのだが手に入れられなかった)、時流に合わせたのか、1曲目の「スピリチュアル・レッド・ブギー」からいきなり「打ち込みファンク・リズム+シンセ・ブラス+デジリバの遠近感」つまり、スクリッティ・ポリッティ的サウンドなのは驚く。彼のソロ作といえば、第4作「スピリッツ」の冒頭に収録された「恋にお手上げ」でのアレッシーも真っ青なAOR的ポップさにも驚いたが、こちらも中々の日和見振りではある。
 2曲目「ノー・エグジット・ラブ」や3曲目「アイヴ・ガッド・ユア・ナンバー」では、テキサスみたいなハードなエッジのギター・ポップ的サウンドにのって、「ふたりは恋のヘアピンカーブ」とも「恋のテレフォン・ナンバー」みたいな歌詞を歌ってしまっているし(笑)、本作には、当時売れ筋だったであろう音楽記号が満遍なく散りばめられている感じである。まぁ、商売上こういう曲は、お仕事としてやらなければいけなかったのだろうが、さすがに、ちと迎合しすぎという気がしないでもない。

 さて、本作がいつもの森園らしくなるのは、まずは4曲目の「C.T.ストンプ」だろう。実にアーシーでブルージーな作品で、「バッドアニマ」の頃を思わせる仕上がりにもなっている。ギターもあの時に以上にコクがあり、ギタリストとしての円熟を感じさせずにおかない。ゲストとして参加した竹田和夫とのインタープレイも、シャープな竹田に対し、「受けの森園」らしさが遺憾なく発揮されたプレイを展開。ニュアンスは違うがプリズムでの位置関係を思い出させたりもして実に楽しめる。。
 あと、カバーとして収録された、マーク・アモンドのデビュー作から「シティ」、ディープ・パープルの第3作でお馴染み?の「ラレーニャ」もいい。そもそもこういう選曲をしてくる自体、世代的な共感を感じずにはいられないうれしいものなのだが、前者はちょっとレゲエっぽいリズムで処理されたAOR風なサウンド。後者はオリジナルでジョン・ロードのジャジーなオルガンがフィーチャーされていた部分をギターに置き換え、全体はこのアンビエント風なムードもあってなかなかムードある仕上がりになっていて、それぞれかなり楽しめる。

 という訳で、聴きどころがゲストが入った曲やカバー…というのは、ちと寂しい感がないでもないが、ポップな曲にあってもギターはもちろん、ボーカルなどもなかなかどうしてたっふりと躍動しているは、さすがというべきだろう。{「クール・アレイ」や「エスケープ」のようなスティーリー・ダン的なフュージョンの森園というより、「やはり彼はロックの人なのだ」と思ってきけば、それほど悪い仕上がりでもないと思う。
 それにしても、本作を出した後の彼はサントラ一枚出しただけで、まぁ、企画物は別とすると、どうもその後ソロ・アルバムはすっかりごぶさたしているようだ。それとも、彼の活動は、もっぱらセッションとたまに四人囃子というスタンスになってしまったのだろうか。ロック・ギタリストのソロ・アルバムといいう需要がなきに等しい昨今にあって、これは寂しいことではある。

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