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2010年8月 2日 (月)

吉松隆/タルカス~クラシック meets ロック

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 この3月14日に東京で行われた「新音楽の未来遺産~ROCK&BUGAKU」という演奏会でのライブ・レコーディング。この演奏会はプログレとは何かと縁の深い吉松隆が、ELP初期に作られたあの組曲「タルカス」を三管のオーケストラに編曲して全曲演奏するという、アナクロだか、現代的なんだかよくわからない試みが話題になり、確かNHKFMでも放送されたりしている。
 ともあれ、ダイジェストなどではなく、あの一大組曲をまるまる全曲管弦楽化しているのには驚く(演奏会が企画され、編曲を進めたもの、エマーソン自身が許可がとれたのは、演奏会直前の一週間くらい前だったというのは笑えたが…)。演奏は東京フィルハーモニー管弦楽団、指揮は藤岡幸夫、ピアノ中野翔太という布陣だ。

 一聴した印象としては、良くも悪しくも原典を忠実に管弦楽化したという感じで、かの曲を寸分違わずオケで再現するというのは、それ自体かなり意義のある試みであるには違いないし(こういう例はおそらく世界最初の試みではないか?)、時にドラムのフィルやオルガン・ソロのフレーズに渡るまでオケで逐一、忠実に再現しているのは、かの作品に対する並々ならぬ愛情を感じさせたりもするものの、聴いていてその執念に感心する反面。どうせフルオーケストラで演奏するなら、オリジナルから一歩跳躍した大管弦楽ならではの妙味というのものまで感じさせて欲しかった…という印象も持たざるを得なかった。
 とはいえ、こういう試みが欧米に先立って、極東の日本でなされたというのは、ある意味凄いことではあるには違いない。しかもオーケストラの編曲はおそらくエマーソンがかの作品を作曲した時に、漠然と脳裏に思い描いたであろうオーケストレーションより、遙かにモダンでダイナミック、かつ非西洋的な仕上がりである。また、エマーソンの意を汲んでか?、途中ヤナーチェックばりになったり、プロコフィエフ臭くなったり、ジョン・バリーの「ゴールドフィンガー」っぽい金管咆哮になったりするのは、きっと吉松のエマーソンに対する一種のリスペクトであろう。聴いていて、思わずにやりとさせられる。

 フィルアップとして収録れたのは黛敏朗の「舞楽」(当然、これは編曲していない)。ドボルジャークの有名な弦楽四重奏曲「アメリカ」をオケとピアノのために編曲したもの(吉松はこれをReMixと呼んでいる)。そして吉松自身の作なるプログレへのオマージュが随所に封じ込められた作品として、けっこう有名な「アトム・ハート・クラブ組曲#1」である。
 「舞楽」は黛の代表作のひとつだが、王朝風な和の響きを近代オーケストラに精緻にシミュレートしつつ、次第にそれらを超えたダイナミックな音響へと発展していく作品で、「アメリカ」はジャズっぽいピアノが入っているせいか、なんとなく「ドボルジャーク・ミーツ・ガーシュウィン」みたいな雰囲気がある編曲だ。また「アトム・ハート・クラブ組曲#1」は第1曲が「タルカス」風、第4曲がブギウギ的だったりするが、全体としては飄々とした雰囲気をかもしだしつつ、エネルギッシュに進んでいく現音作品といえる。


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コメント

『タルカス』オーケストラ編曲・・・・

とにかくオーケストレーションが素人丸出しwww

吉松隆さんがアマチュアなのがよくわかったw

とにかく管弦楽を知らな過ぎる。

下手糞。

プログレファンを釣るのは結構ですが、クラシックファンを馬鹿にしすぎていますよね!なんでしょうアノ無秩序なオーケストレーション。あれで大真面目なんでしょうから吉松隆の作曲家としての力量が丸分かりとなりました。《タルカス》オーケストラバージョン。酷い有様でした。まだ聴いたことはありませんが、吉松隆の《交響曲》(オーケストレーション)の酷さも既に想像がついてしまいますね。関係ない話ですが、今私は佐村河内守という全く無名のネオロマン作曲家に惹かれています。とんでもない白眉なオーケストレーションの大作を書く人(YouTubeで断片は聴けます)。彼こそが未来のクラシック音楽を背負って立つでしょう。

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