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2010年8月

2010年8月25日 (水)

四人囃子/ダンス

Dance


 Neo-Nから10年後の89年に、佐久間、岡井、坂下の3人で再結成された作品。どうやらベースの佐久間が全面的に主導権を握った形で再編成のようであり、従来の感覚でいえばキーボード・トリオと形容するところだが、気張って彼がギターまで担当しているのが注目される。つまり佐久間は四人囃子の第3のギタリストになった訳だ。
 音楽的には前作「Neo-N」で展開されたテクノ/ニューウェイブ的コンセプトをそのまま10年後のトレンドで推し進めたところだろうが、前述の通り、既に佐藤ミツルもいなくなっているので、従来の四人囃子にあったオーソドックス的なロック・センス、プログレ的なドラマ性は大幅に後退している内容だ。

 そこにあるのはマガジン(というかバリー・アダムソン)あたりと共通するかのような、ギラギラとしてアシッド、かつ退廃的な香りがするエレクトロニクス・サウンドの肌触りだろうか。まぁ、このあたりこそ「プラスティックスの佐久間」のセンスだったのだろう。
 1曲目の「一千の夜」からして、ヴォコーダー、パワー・ステーション風なファンキーなギター・リフ、オブジェのように配置されたギター・ソロ、「Neo-N」での手数の多さが嘘のようにまるでアート・オブ・ノイズの如きリズムを刻むドラムと、本作がコンセプトが明々白々である。2曲目のタイトル・トラックではエレクトライブ101を思わせるダークな温度感のサウンド、3曲目のキャバレー風なサウンドにクールなテクノ・サウンドを組み合わせたクレバーなアレンジと、とにかくばりばりにエレクトリックな音楽になっている。

 さすがに、ここまで煌びやかで都会的な音を繰り出させると、音楽的受容能力はけっこう寛容な方だと思う私でも、「これが四人囃子なのか」と思ってしまう。まぁ、ジェネシスだって同じ頃に、70年代前半の頃とは似ても似つかぬポップな音楽をやっていた訳だから、これだって、聴き込めば「四人囃子らしさ」はみえてくるのかもしれないが、ここで展開されたダークで金属的なアンサンブルは、やはりかなり違和感があると云わざるを得ない。
 四人囃子といえばやはりバンドを構成する各メンバーの名人芸みたいなところが確実にあった訳だし、ここでは打ち込みを主体としたサウンドは、四人囃子として新たな個性を感じる前に、当時のトレンドに四人囃子が塗りつぶされてしまったような、ある種匿名性が高いサウンドに感じてしまうのだ。

2010年8月19日 (木)

四人囃子/Neo-N

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 キーボードの坂下秀実が脱退し、サポートとして茂木由多加が参加した1979年の第5作。内容的には前々作のプログレ・ハード、前作の「ホワイトアルバム」的なポップなヴァリエーションに変わって、大胆にニュー・ウェイブ&テクノ・ポップ的な音楽にシフトしているの。1977年の森園勝敏脱退後、3作目にして「これがあの四人囃子か」と思わせる仕上がりである。
 音楽的にはジョン・フォックス時代のウルトラヴォックス、マガジン、そしてクラフトワークあたりの影響が大なのは一聴して明確であり、そこにここ2作で明らかになってきた、ジェネシス的なシンフォニックさやブランドXのテクニカルさを散りばめたといった感じだろうか。ともあれ、1979年頃といえば、日本でもロックは大激動期だった訳で、こうした影響が四人囃子のようなバンドにまで波及しているあたりに当時の激震振りが感じられようものだ。

 1曲目は「Nocto-Vision For You」、いかにもテクノくさいガムラン風なシーケンス・パターンにハードギターエッジを絡めた折衷的な作風だが、全く付け焼き刃な感がないのはさすがだ。2曲目の「Nameless」はヴォコーダーで作られた機械的コーラス、引きつったようなリズムなどDevoっぽい仕上がりで、3曲目「Nervous Narration」はニューウェイブ・ポップ風なガサツな音づくりが逆に新鮮。4曲目「Notion-Noise」はようやく現れたという感じの重厚なプログレ作品で、「システム・オブ・ロマンス」あたりのサウンドを思わせる感触もある。
 旧B面に入り、まず「9th Night」「Neo Polis」は、多少テクノくさいがほぼ前2作ラインの佐藤ミツルのボーカルをフィーチャーした正統派ともいえる作品。3曲目の「Nile Green」のアコースティック・ギターをフィーチャーしてトラッドっぽい仕上がりも、ある意味従来の四人囃子らしい作品ということもできるだろう。4曲目「N.P.K.」は再びギクシャクしたニューウェイブ的リズムと、四人囃子的な抒情が不思議な調和を見せるユニークな作品で、5曲目の「♯」はヴォコーダーのコーラスとシンフォニックな展開が奇妙に交錯する、これもまた新旧四人囃子が混在したおもしろい作品になっている。

 という訳で、本作をざっくりと眺めると、いきなりニュー・ウェイブ/テクノ的音楽で、ドーンとイメチェン振りを披露してはいるものの、中間部では従来の延長線にある音楽も十分収めているし、後半ではその両者を上手にバランスしたような作品で構成しているから、実はそれほどとんでもないイメチェンでもないことが分かるのだが、冒頭数曲で展開される音楽がかなり強烈なため、当時のファンからはかなり抵抗があったには違いない。当時の本作のセールスがどの程度だったかはよく分からないが、おそらくそれほど売れなかったのだろう。そのせいか、本作は最後の「四人」囃子の作品になってしまうことになる。
 ともあれ、ややとっ散らかった感もあった前作に比べると、本作はテクノ/ニューウェイブ的なコンセプトできっちりと全体を統一し、タイトなまとまりを見せた作品になっている。四人囃子の面々は出来上がったコンセプトの元で、いわば職人に徹したうまみをみせていて、実は四人囃子の全アルバム中、ほとんど最高の完成度を見せているのではないかと思う。また過去を吹っ切ったような潔さと、それが故にテンションも特筆すべき点だと思う。


2010年8月13日 (金)

森園勝敏/エスケープ

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 1980年録音のソロ第3作。本作から自らをリーダーとするバンド、Bird's Eye View(BEV)を立ち上げたようで、これはその第1作ということにもなる。本作では前2作では、かなりフィーチャーされていたブラス隊がひっこみ、よりバンド・サウンドに近い音になっていて、これまでになくジャジーでアダルト・オリエンテッドな音楽になっている。とはいえ、編曲の中心となるのは、第1作「バッドアニマ」からの付き合いになる中村哲(kbd,Sax)が中核となってるため、音楽的ムードはある程度一貫してはいる(少なくとも、次に「スピリッツ」のようなイメチォン感は薄い)。今回は収録曲をちくいちメモしてみたい。

 1曲目の「キャデラック・キッド」はベン・シドランの曲で、フュージョンというより、4ビートなども交え、その後の隆盛を誇ることになるAORフュージョン的な仕上がりになっているがおもしろい。冒頭のSEなども含め、都会の夜的なお洒落なムードとアーシーさが絶妙にブレンドしていてなかなかの出来。
 2曲目の「バチスカーフ号」って潜水艦のことだろうか。そういえばメカニカルなリズム・パターンやメカニックなシンセ・サウンドがそれっぽい感じもする。その間隙をぬって、森園のギターがエレガントに歌いまくる。そのテンションは前2作より高いかもしれない。
 3曲目「サム・カインド・オブ・ラヴ」はボーカルをフィーチャーしたかなりポップな作品で、中期スティーリーダン的な趣きもあるし、次作を予告しているかのようでもある。が、聴きどころといったら、やはり中間部での聴けるギターであろう。それはまさに絶好調といった感じの天衣無縫さがあるのだ。

 旧B面、1曲目となる「ブルー・ファンク」はまろやかなムードを持ったソフィスティーケーションされたファンク・ナンバー。ある意味、森園らしい作品ともなっているとも言えるが、後半に出てくるロングトーンで奏でられるツボを押さえたギターワークも素晴らしい素晴らしい。
 後半2曲目となる「アンタイトルド・ラヴ・ソング」もボーカルをフィーチャーし、もろにスティーリー・ダン風なAOR作品になっている。ストリングスやコーラスも交えてシティ調の演出だが(途中でグルーシンの「コンドル」風になるのはご愛敬か)、森園ギターはラリー・カールトンかスティーブ・カーンかといった感じだ。。
 オーラスの「ナイト・バード」は、ストリングスやピアノを中心としたサウンドをのって、森園がジャジーなバラード系のプレイを披露する…という、これまたアダルト調の作品。本作はこれまででもっとも、AORフュージョン的な作品というのは、先に書いた通りだが、この曲もアルバムの最後を飾るに相応しいミッドナイトな雰囲気がある。

2010年8月11日 (水)

森園勝敏/スピリッツ

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 クール・アレイから一作飛び越えて、81年のソロ第4作。自らのバンドBEVを率いてのアルバムで1,2作目で展開していたレイドバックしたフュージョンではなく(三作目もその路線だった)、ウェストコーストAOR的な爽やかさ、ポップさ、そしてシャープなリズム感覚を全面出した仕上がり。ボーカルもけっこう沢山とっており、その佇まいはこれまでの作品より、あからさまに当時の「売れ筋」に焦点を定めているようにも思える。また、当時の日本製の音楽としては、精一杯がんばったウェスト・コーストっぽいAORサウンドでもあったろう。

 特に1曲目の「Give It Up Love」と2曲目「Nothing Could Ever Change -」、あと8曲目「Love In A Can」など、かなり売れ筋に意識した、AORポップなナンバーになっていて、サウンドもキラキラするようなシンセ、キャッチーなリフとリズム、ポップなコーラスなど、当時売れ線だった音楽が持っていた記号を沢山フィーチャーして、これまでの渋い音楽からすると(ついでにいうと、本作はいつものブラス隊は登場せず、シンセがカバーしている)、ちと本作は日和ったかな…と思わせるほどだ。ただ、こうしたポップな装いの狭間で、森園は意外にもかなり天衣無縫なギター・ワークを聴かせているのだから。世の中分からない(笑)。

 ムーディーな4曲目の「ナイト・ライツ」は、なんとなく「レディ・ヴァイオレッタ」を思い出させるような甘いトーンのギター・ワークを聴かせていて、当時、四人囃子ファンにとってはけっこう溜飲が下がった曲ではなかったかと思われる。またファンキーなリズムをフィーチャーして、かなりポップに仕上げた6曲目の「ストライキン」などは、久々に四人囃子時代の活気のようなものを思い出させもしたりするのだ。更に「Moon Gazer」は、例によってスティーリー・ダン風(というか、ドナルド・フェイゲン風というべきか)なサウンドだが、前作までの緩いところが影を潜め、かなりシャープなサウンドになっている点も注目される。

 そんな訳で、このアルバムを聴いていると、森園の本音というのがどうもわからなくなってくる。おそらく2枚目の「クール・アレイ」でやったようなアーシーでレイドバックした音楽というのが、彼の音楽的本音というか「本当にやりたい音楽」なのだろうが、このポップなアルバムで、聴ける天衣無縫といいたいようなギターを聴いていると、存外こっちが「本当の森園」で、むしろアダルトでレイドバックした音楽というのは、彼なりの気取りというか背伸びという気もしないでもないのだ。まぁ、どっちを好むかといったら、人それぞれだろうけれど。

2010年8月 2日 (月)

吉松隆/タルカス~クラシック meets ロック

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 この3月14日に東京で行われた「新音楽の未来遺産~ROCK&BUGAKU」という演奏会でのライブ・レコーディング。この演奏会はプログレとは何かと縁の深い吉松隆が、ELP初期に作られたあの組曲「タルカス」を三管のオーケストラに編曲して全曲演奏するという、アナクロだか、現代的なんだかよくわからない試みが話題になり、確かNHKFMでも放送されたりしている。
 ともあれ、ダイジェストなどではなく、あの一大組曲をまるまる全曲管弦楽化しているのには驚く(演奏会が企画され、編曲を進めたもの、エマーソン自身が許可がとれたのは、演奏会直前の一週間くらい前だったというのは笑えたが…)。演奏は東京フィルハーモニー管弦楽団、指揮は藤岡幸夫、ピアノ中野翔太という布陣だ。

 一聴した印象としては、良くも悪しくも原典を忠実に管弦楽化したという感じで、かの曲を寸分違わずオケで再現するというのは、それ自体かなり意義のある試みであるには違いないし(こういう例はおそらく世界最初の試みではないか?)、時にドラムのフィルやオルガン・ソロのフレーズに渡るまでオケで逐一、忠実に再現しているのは、かの作品に対する並々ならぬ愛情を感じさせたりもするものの、聴いていてその執念に感心する反面。どうせフルオーケストラで演奏するなら、オリジナルから一歩跳躍した大管弦楽ならではの妙味というのものまで感じさせて欲しかった…という印象も持たざるを得なかった。
 とはいえ、こういう試みが欧米に先立って、極東の日本でなされたというのは、ある意味凄いことではあるには違いない。しかもオーケストラの編曲はおそらくエマーソンがかの作品を作曲した時に、漠然と脳裏に思い描いたであろうオーケストレーションより、遙かにモダンでダイナミック、かつ非西洋的な仕上がりである。また、エマーソンの意を汲んでか?、途中ヤナーチェックばりになったり、プロコフィエフ臭くなったり、ジョン・バリーの「ゴールドフィンガー」っぽい金管咆哮になったりするのは、きっと吉松のエマーソンに対する一種のリスペクトであろう。聴いていて、思わずにやりとさせられる。

 フィルアップとして収録れたのは黛敏朗の「舞楽」(当然、これは編曲していない)。ドボルジャークの有名な弦楽四重奏曲「アメリカ」をオケとピアノのために編曲したもの(吉松はこれをReMixと呼んでいる)。そして吉松自身の作なるプログレへのオマージュが随所に封じ込められた作品として、けっこう有名な「アトム・ハート・クラブ組曲#1」である。
 「舞楽」は黛の代表作のひとつだが、王朝風な和の響きを近代オーケストラに精緻にシミュレートしつつ、次第にそれらを超えたダイナミックな音響へと発展していく作品で、「アメリカ」はジャズっぽいピアノが入っているせいか、なんとなく「ドボルジャーク・ミーツ・ガーシュウィン」みたいな雰囲気がある編曲だ。また「アトム・ハート・クラブ組曲#1」は第1曲が「タルカス」風、第4曲がブギウギ的だったりするが、全体としては飄々とした雰囲気をかもしだしつつ、エネルギッシュに進んでいく現音作品といえる。


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● 愚にもつかぬ つぶやき