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2010年7月

2010年7月28日 (水)

森園勝敏のソロ二作

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・バッド・アニマ
 プリズム脱退後の1978年に制作されたソロ第一作。プリズムのようなスポーティーなフュージョンではなく、ブラス・セクションをフィーチャーし、ブルース色やファンキーっぽさを表に出したけっこう渋い仕上がりである。実はこの作品も初めて聴くのだが、一聴した印象としては、ちと趣味性に走りすぎて地味になってしまったような感もないではない。聴く前の予想としては、もう少し「レディ・バイオレッタ」のような、快適フュージョンのような曲があるのかとも思ったが。どうもコンセプト自体そういう方向は眼中になったようだ。
 まぁ、なんていうか、昔の言葉でいえば、ひたすらレイドバックした音楽をやっているという印象なのだが、どうせこういうアーシーな音楽を指向するなら、もう少し本場っぽいコクや濃さが欲しかったという気もするし、なにしろ、もう少しギターを聴かせてくれてもよかったろうと思う。とりあえず、本作で四人囃子的なプログレセンスが感じられる作品といえば、やはりB面の「ハイタイド」と「スペーストラベラー」あたりだろうか。こういうくぐもっていて、しかも浮遊するようなセンスは、四人囃子というより、やはり森園のものだったのだ。

・クール・アレイ
 「バッド・マニア」に続くソロ第2作(78年)、前作はそれなりにヒットしたらしく、それを受けて本作では当時流行ったLA録音が敢行された。参加したメンツは知らない人ばかりだが、ジム・ケルトナーが参加しているのは豪華ではある。音楽的にはブログレ的な1曲目だけはちょっとギョっとするものの、残りの曲はほぼ前作ラインのレイドバックしつつ、ちょっとアーシーな色づけをフュージョンといったところ(前作同様アレンジが中村哲のせいもあるだろう)。もちろんブラス隊も参加している。また、今回は本場のミュージシャンの参加を得たせいか、音楽的には前作以上にメリハリがあり、森園も一ギタリストに徹したプレイを聴かせるのはうれしいところだ。
 ちなみにカバーが何曲か収録されていてるが、どれもアメリカ産の渋いものばかりというのはおもろしい。ひょっとする海外でのセッションだったから、あえてこういう曲を取り上げただけなのかもしれないが、やや線は細い感はあるものの、なかなか堂に入ったプレイではある。いずれにしてもこういう曲をやりたかったギタリストが4人囃子でギターを弾いていたのは、振り返ればおもしろいことである。

2010年7月23日 (金)

プリズム/プリズム

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 四人囃子以降の森園の活動に興味が沸いたのでSACDを購入してみた。私はプリズム自体をほとんど聴き込んでいないクチで、このデビュー作も多分初めて聴いたものだが、一聴して70年代後半のRTF、そしてアル・ディメオラあたりの影響をモロに受けたテクニカル・フュージョン+英国のブランドXやアラン・ホールズワース周辺のプログレ風味といった感じの音楽になっている。デビュー作ということで配慮したのか、旧A面には割とポップでキャッチーなナンバーが4曲ほど並んでいるが、旧B面になると一気にごりごりとしたテクニカルさが全開になるという構成になっている。メンバーは和田アキラ(gt)、渡辺建(b)、伊藤幸毅(k)、久米大作(k)、鈴木リカ(ds)に森園が加わった形だ(つまり、ダブル・ギター&ダブル・キーボードだったということか、考えてみれば凄いことである)

 収録曲ではやはりB面の3曲が聴き物だ。「ヴァイキング2」はギターととシンセのトリッキーなユニゾンが、いかにも70年代後半のフュージョン・シーンの熱気を甦らせてくれてるような曲で、転調後やにわに入ってくるストリング・シンセの音色がいかにも70年代末期の香りがする。8分近い「ターネイド」は全編のハイライトか。この曲などまさにディメオラそのものといった感じの、スパニッシュ風なテイストを取り入れたテクニカルな作品で、思わずキーボードまでヤン・ハマーしてしまっている。途中、少しだけ和田と森園のギターのインタープレイが聴かれるのは楽しい。ゴリゴリとした攻める一方の和田に対し、森園は地味ながらエレガントな受けで返しているあたりはさすがだ。「プリズム」もトリッキーなキメが連打するテクニカルな曲で、本アルバム中ではもっとプログレ風というか、ブランドX的な激辛感のある演奏になっている。和田のギターはジョン・グッドサルかジョン・エサーリッジという早弾きを披露しているのには、思わずニヤリとさせられる。

 ちなみに、当然といえば当然なのだが、プリズムはあくまで和田アキラが主導したバンドであるため、森園はほとんどサイド・ギター扱い、堅実というか、はっきりいってほとんど目立たないプレイで、印象は地味そのものである。とはいえ、プロに徹したギターのカッティングなど、過剰負担だった四人囃子から離れた場所で得たある種の開放感だったのだろうか、実に小気味よいプレイにはなっている。また、渡辺建の弾くベースの表向きゆったりとした構えとは別に、存外アグレッシブさをも内包したグルーブ感はこのバンドに独特のノリを与えていると思う。旧B面のアグレッシブな3曲では、日本人離れした安定したプレイを展開していて出色のプレイになっていると思う。

2010年7月17日 (土)

四人囃子/包(Pao)

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 前作「PRINTED JELLY」と同じ佐藤、岡井、坂下、佐久間というメンツで制作された1978年の第4作。76年の「ゴールデン・ピクニックス」、77年の「PRINTED JELLY」、そして78年の本作と、毎年アルバムをリリースできたというのは、途中、支柱だった森園の脱退の憂き目に遭いながらも、四人囃子自体の活動はかなり順調だったということなのだろう。

 収録曲は全10曲。基本的には前作ラインのプログレ・ハード的なサウンドをベースに、更にポップなセンスを加味した音楽という感じか。また、いちばん長い曲でも5分半だから、時流に乗ったサウンドのコンパクト化、曲のポップ化が進行していたことは明らかだが、同時にそのスピード感、ソリッドな趣きは更に倍加し、特にドラムとベースがフュージョン的なテクニカルさ、アグレッシブさ表に出ていることも注目される。

 アルバムは、佐藤ミツル作の「眠たそうな朝には」から軽快に始まる。前作のハード・ポップさをより推進したような曲だが、ドラムとベースがフュージョン的なテクニカルさを見せているのがおしろい。78年といえばああいうリズムがヒップな時代だったのだ。2曲目の「君はeasy」は岡井の作品だが、こちらはアメリカン・ロック的な開放感が印象的な作品になっている。また、旧A面の最後の「Mongolid-Trek」はブランドX的なテクニカルさをベースにした素っ頓狂なインストになっている。

 旧B面に入ると、今度はいくらかテクノやニューウェイブ・ポップ的な趣きにアグレッシブなリズムを加味した「機械仕掛けのラム」が始まる。これは佐久間の作品だが、こうしたセンスはおそらく次作で大きく展開されることになるのだろう。また、8曲目の「ファランドールのように」ではヨーロッパ的なポップセンスも見せたりする。9曲目の「クリスタル・ボム」は前作ラインの曲だが、四人囃子らしいユーモラスなところをきっちりと抑えているのはさすがだ。

 という訳で、本作では4人メンバーがそれぞれ曲を持ち寄って作られた結果、かなりバラエティーに富ん作品群が入ることにはなったが、その分ややとっ散らかった出来になったのもまた事実だろう。当時の音楽シーンやバンドの状況からしてこうなるのは、ある意味必然だったのかもしれないが、ラスト「Vuoren Huippu」のようなプログレ風味がアルバムにもう少しあってもよかったように思う。

2010年7月10日 (土)

四人囃子/From The Valuts 2 「`73 四人囃子」

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 ディスク3は「`73 四人囃子」という78年に発表されたライブ・アルバムの全長版という体裁になっている。このアルバムはソニーから四人囃子が再デビューしたのをきっかけに、その前に所属していた東宝レコード(「一触即発」と「20歳の原点」をリリース)から、メンバーの承認も得ないで発表されたといういわく付きの作品だった。このボックス・セットが発売されるまでは、最初期の四人囃子を伝えるほとんど唯一のライブ・パフォーマンスでもあった。

 データ的なことを書いておくと、1973年8月俳優座でのハフォーマンスを収録したもので、これはほぼ「20歳の原点」と同時期、「一触即発」に先だった収録だったことになる(「一触即発」は74年の2~4月に収録)。本来FMのオンエアもしくは制作資料として収録されたものらしく、どうやらメンバーはこの演奏を自分たちのベスト・パフォーマンスだとは考えていなかったようで、それを5年も経ってから唐突にリリースされたことに不満を感じていたようだ。

 収録曲は「おまつり」「中村君の作った曲」「泳ぐなネッシー」「空飛ぶ円盤に弟が乗ったよ」「一触即発」の5曲で、オリジナルとは曲順も当時のパフォーマンス通りに復元されているようだ。この時点で、既に「泳ぐなネッシー」や「空飛ぶ円盤」を演奏しているのは興味深いところだが、要するに、四人囃子のデビュー作は、当時既に揃っていたいくつかマテリアルから、とりあえず「おまつり」と「一触即発」を選び、それに何曲かプラスして構成されたアルバムというところだったのだろう。

 演奏はとても素晴らしい。森園のMCはまるで学園祭みたいなノリだが(笑)、それとは対照的に演奏はかなり練達そのもの。ギターの森園はもちろんだが、ドラムスの岡井大二とベースの中村真一のコンビネーションが素晴らしく安定しており、まさにライブで鍛え抜いたといった感じのパフォーマンスである。ラストの「一触即発」など、そのパワフルさに日本的なワビサビを違和感なくライブで共存させていて、当時の日本のロックが確実に第二世代を迎えていたことを実感させる。

 最後に音質について書いておくと、一応ボード録音なので、当時の水準はぎりぎりでクリアしている。ただし、バランス的にどうかと思うところは散見するし、全体にSNが悪く、サウンドが飽和気味になってしまうのは惜しまれる。ただし、この音質で当時の四人囃子のハフォーマンスが聴けるのは、今となってはよくぞ残しておいてくれた…といった感が大きい。少なくともディスク4と5に収録されたエア録音に比べれば、その差は歴然である。

2010年7月 7日 (水)

四人囃子/From The Valuts 2 「20歳の原点」

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 このところ四人囃子やフライドエッグなど70年代前半の和製ロック?が妙に懐かしくなってしまい、外でも自宅でも愛聴しているところなのだが、その勢いにのってこのボックス・セットも購入してみた。四人囃子の蔵出し音源を集めた5枚組だが、「2」とあるだけにその前があって、そちらは四人囃子の全活動期間からまんべんなく音源が集められていたようだが(私は所有していない)、この「2」は森園在籍時の音源を集めている。

 今日はその中からディスク2を聴いてみた。主に「20歳の原点」からの曲を収録している。かの作品は映画のサントラ的な位置づけで発売されたせいか、高野悦子を演じた角ゆり子のナレーションなどが入っていたが、ここではそれらの一切カットし、フェイドアウトされていた部分は復元するなど、いわばカンパケ一歩手前のヴァージョンが収録されている格好になっている。要するに四人囃子の音楽だけに焦点を当てた編集となっている訳だ。

 このアルバムは発売して、大分経ってから聴いたような気がするが、内容的には全くピンと来なかったという記憶しかない。あまり覚えていない。どうしてそうなったのかといえば、聴いてみれば明らかだが、本作のほとんど「そのまんまフォーク的」なところだったのだろう。当時の私は「アンチ四畳半フォーク」だった渋谷陽一氏のせいもあったのだろうが、この手のフォーク(ついでに演歌も)が大嫌いで、敵視すらしていた実に狭量な高校生だったのだ(笑)。

 そんな訳で、本作はもうほとんど初めて聴くような印象である。2,3曲をのぞいて、大半は森園の弾き語り状態、いくらか内省的ではあるが、ほぼ完全なフォークである。だが、今聴くとこれがすごくいい。表向きフォークといっても、実は「ホワイトアルバム」だったり、アルバム「マッカートニー」っぽかったりするのだし、もうフォークだ演歌だのといったジャンルで音楽を敵視するような歳でもないから、収録曲全てから感じられる、70年代初頭独特の虚脱したようなムードは、抵抗がないどころか、なんとも身体に馴染んでしまう。

 「20歳の原点」というアルバムは、彼らが「一触即発」を作るために請け負った…いわばやっつけ仕事的にスタジオで録音されたというのは有名な話だが、逆にそれ故に四人囃子(というか森園)の、気負っていない音楽的素地が出ているといえるかもしれない。誰もがいうことだが、その意味でフロイドの「モア」「雲の影」などと近い感触がある。


2010年7月 1日 (木)

四人囃子/PRINTED JELLY

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 四人囃子については、ほぼリアルタイムで「ゴールデン・ピクニックス」までは聴いたが、リーダーの森園勝敏の脱退に伴い興味半減、それ以降の彼らについては全くといっていいほど聴いていなかった。なので、実は「ゴールデン・ピクニックス」の翌年に早々と発表された本作も、実は今回初めて聴いたことになる。一応、クレジット関係をさらっておくと、脱退した森園に替わってギターとボーカルに佐藤ミツルが参加し、残り3人はキーボードが坂下秀実、ベースが佐久間正英、ドラムスは不動の岡井大二という布陣で1977年に制作された作品ということになる。

 なにしろ、バンドのギタリストとしてはもちろんだが、主要な作曲やボーカルまで担ってきた森園が抜けただけに、音楽的陣容としてはかなり変化している。ここでは70年代初頭のニュー・ロック的な雰囲気が一掃され、ソリッドなサウンドをベースにしつつも、ポップなセンスもそれなり露出していくという音楽になっている。もっともこうした方向性は実は前作からの流れだった訳で、そういう視点から聴いていけば、それなりに納得できる仕上がりだという気もする。なにしろ当時の音楽シーンは、スタイルとしてのニューロックやプログレが次第に陳腐化し、こうしたバンドは四人囃子に限らず、おしなべてポップで明るく…という音楽的なイメチェンを図り始めていたから、これは当時の音楽的潮流でもあった。

 音楽的には前述の通り、かなりポップに衣替えしてはいるものの、意外にも四人囃子らしい浮遊感(「シテール」「気まぐれの目かくし」)やある種の日本的な可愛らしいさ(「ハレソラ」)といったテイストは健在という印象である。新加入の佐藤ミツルだが、ソリスト指向が強かった森園に比べ、ハードなエッジで切り込むリフに特徴があり(「N★Y★C★R★R★M」)、スペイシーなソロなどもとるが、情緒的にはドライなプレイになっている。ざっくりいってしまうと、森園のギター・ワークがプログレっぽいエリック・クラプトンだとすると、佐藤はポップなジミー・ペイジといえるかしれない(ボーカルの頼りなさはどっちもどっちだが)。

 というわけで聴いていると、必ずしも四人囃子と状況的には同一な訳でもないものの、デビッド・アレン、スティーブ・ヒレッジなど主要メンバーが脱退したゴングが、その後残ったメンバーでもって、意外にも従来のゴングらしさを保持したまま、いくぶんポップで、開放的な雰囲気を持った傑作「シャマール」を、ものにしたことを思い出したりもする。同じ頃のジェネシスもそうだったが、思えば、本作も音楽シーン全体がそうした過渡期にあった頃の作品だった訳だ。

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● 愚にもつかぬ つぶやき