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2010年3月

2010年3月30日 (火)

RODGER WATERS / Radio K.A.O.S.

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 「ヒッチハイクの賛否両論」から3年後の1986年に発表されたロジャー・ウォーターズの実質的なソロ第2作。同じ頃、再結成フロイド「鬱」が発表されていることから、2つに分かれたフロイドの両陣営が結果的に激突することに作品としても記憶されている。私はこの作品を今回ほとんど初めて聴くはずだが、ジャケットにせよ、ラジオ局を舞台にしたコンセプト・アルバムという内容にしろ、当時の記憶がけっこう残っているから、こちらの作品もそれなり話題になったのであろう。ただし、セールスという点では再結成フロイドの圧勝に終わったことを周知の通りである。前作に比べればかなりポップな仕上がりであり、内容的にはも充実しているから、セールス面でもう少し健闘しても良かったような気もするが、やはりフロイドというブランドには敵わなかったというところか。それでは例によって、先日ツイートした内容を元に収録曲をメモっていきたい。

1.Radio Waves
 本作はラジオ局が舞台になったコンセプト・アルバムということで、曲間にはDJらしきSEが挿入されているが、前作のような曲のテーマが循環したり、途中で再現したということはあまりなく、それぞれの曲の独立性がかなり高いのが特徴だ。冒頭のこの曲は前作の反省がありありと伺える、あまりに軽快でダンサンブル、コーラスなどまるでバグルスを思わせるポップな仕上がりになっている。もっとも、重層的なサウンド構築の執拗さは明らかにフロイド譲りだが。

2.Who Needs Information
 基本的には前作ラインのアーシーな感覚をベースに、叫ぶウォーターズのボーカルにコーラスが応酬するかなりブルース・ロック的なムードが強い作品。ただし、バックにメル・コリンズにサックスが聴こえたり、バスドラムとベースのユニゾン・リズムが曲のテンション高めたりと、前作よりぐっとタイトな仕上がりになっている。後半のバックで聴こえるストリングスやブラス隊の立体感はさすがの音響感覚だ。

3.Me or Him
 私のような人間が聴くと、この曲は70年代初頭のフロイドがよくやった不思議系というか、フォーク風な小品(「原子心母」のB面や「おせっかい」のA面)をモダンにリファインしたようなものに感じる(この独特なコード進行は懐かしさを感じるほど)。もっとも、打ち込みリズムとアコギに絡むリフとか、今聴くと多少古びてしまったが、フェアライトの尺八サウンドなどを乗せて、最新モードの音楽にはなっているのだが。

4.T.he Powers That Be
これは「ウォール」あたりのフロイド・サウンドと当時の流行のサウンドを無理なくドッキングさせた曲といっていいかもしれない。愛好のドラムとベースのユニゾン、シーケンサーを取り入れたファンキーなリズム、シンセのキラ物、ポップなコーラス、ココ一発ギター(アンディ・フェザー・ロウ?)など、サウンド・プロダクション的にみれば、当時これはほぼ完璧な仕上がりだっただろうと思う。

5.Sunset Strip
これも前作ラインのブルージーな作品だが、やはりかなりポップな仕上がりになっている。ミドルからの転調がいかにもいかにもな雰囲気を演出して、ウォーターズの余裕を感じさせる。しかし、一見ノンシャランなこのサウンドだが、子細に聴くと実に過剰な作り込みがなされていて、各種ギターのリフ、シンセ、ブラス、コーラスをオブジェのように組み合わせて作り上げたアンサンブルの構成は複雑を極めている。

6.Home
全曲からメドレーで続く、本作中もっとも都会的でダンサンブルなナンバー。ウォーターズがいつものようにドラマチックにアジり、音楽のテンションも高まっていく。このアルバムの物語はさっばりわからないが、曲のポジション、切迫感の高まった曲調からいっても、物語はこあたりが山場になっているのだろう。女性のスキャットボーカルと高揚するギターを交えた後半の盛り上がりはさすがの一言という他はない。なお、ウォーターズはベーシストだけあって、こういうダンサンブルなリズムでも、「今の時代リズムはこうすればいいんだろ」みたいな、これで12インチシングルを切れそうな、実に気持ち良いグルーブ感を作っているのはニヤリとさせられる。

7.Four Minutes
 時計のイントロ、「虚空のスキャット」の80年代版みたいなイントロ、そして大スケールのゴスペル的コーラス、そしてエレクトリックなスペースへとどんどんスケールが広がっていく壮大なサウンドで綴られるこの曲は、までるロケットで地球を飛び出して行く瞬間を描写したような展開になっている。乱舞するSEも効果的で、本アルバムのハイライトのひとつといっても曲だ。

8.The Tide Is Turning
前曲からカットインして始まることの曲は、おそらく前作と同じくカオスから安寧な日常生活へ回帰した、安堵感のようなものを表現しているのだろう。後半のゴスペル風な盛り上がりなど、前作とおなじやり口とはいえ、なかなか感動的な曲だ。サウンド的にはガムラン風なシーケンスにキラキラしたシンセが絡むあたりが、実に巧緻なサウンドを形成している。

 という訳で、先日、初めて聴いた時、実はこのアルバム全くピンとこなかったが、何度か繰り返し聴いた後、こうして改めてじっくり聴いてみたところ、なかなかの....いや、傑作といってもいい作品であることを痛感した。前作ではドラマの推移も、そのハイライトもわかりにくいきらいがあったが、こちらは歌詞などわからくても、十分に音楽的感興が伝わる作品になっているのも、また素晴らしいところだ。

2010年3月28日 (日)

MARILLION / Anoraknophobia

Marillionanoraknophobia


 「Marillion.com」に続く2001年の作品。確かこの作品あたりで、一旦解除されたEMIとの契約が復活などもあったようで、この時期以降の彼らは地味ながら、スティーブ・ホーガスのキャラクターを生かし、かなり安定したバンド活動をしているようである。さて、本作であるが、いつも意味不明ではあるが重厚なデザインを採用して来た彼らとしては、ジャケットに可愛らしいキャラクターが登場させている。なにやらイメチェンを匂わすが、音楽的には特に新しいサウンドを取り入れている訳でも、唐突にポップになった訳でもなく、「いつもマリリオン」そのもである(だとすると、ジャケのキャラクターは意味するところがよくわからないのだが)。いや、それどころか、各楽曲の仕上がりのクウォリティはここ数作では、ほとんど最高のものといってもいいだろう。では、先日、Twitter上でした流したツイートを元に各曲を軽くメモしてみたい。

1. Between You And Me
 冒頭のメランコリックでクラシカルなピアノのイントロに一瞬オヤっとするが、すぐに続く本編の方は、ここ数年ですっかりお馴染みになった、60年代後半から70年代初頭くらいまでのサイケ&フォークロックをマリリオンなりに翻案したナンバー。山ありな谷ありな構成で、冒頭のピアノのテーマも途中でボーカルを伴って再現した、延々とアウトロが続くあたりプログレ的だが、全体としてはかなりポップ仕上がり。

2. Quartz
 これは前作のラストに収録された「House」で展開された都会調アンビエント路線をもう少しメリハリをつけ、ややダークなボーカル作品としてまとめ上げた感じの大作。モズレーの刻むジャストなドラムの上に、ベースのシーケンサーっぽいリフを筆頭に曲の中にばらまかれた様々リフがのっかって、次第に盛り上がっていく様は、かつて彼が参加したプロパガンダでの名演を思い出す。この作品のサウンドなどマリリオンとしては、新基軸といえるかもしれない。

3. Map Of The World
 これも60年代のサイケ&フォークロックの風味を取り入れた....つまり今風なギター・ロック的なテイストの作品。ただし、曲自体はホーガスのボーカルの良さをストレートに伝えた「イースター」とかああいった正統派マリリオン・ナンバーといえるかも。サビのメロディックな展開していくあたりのブロセスはなかなかの味わい。

4. When I Meet God
 「Quartz」に続く9分を超える大作。前半は懐かしさを誘うサウンドで作られたイントロから切々としたホーガスのボーカルと、かの「ビューティフル」あたりと共通するメロディックな美しさがある。私はこの曲を先日初めて聴いた訳だけれど、これは一聴してこれは彼らの傑作だと思った。そういう名曲然としたオーラがこの曲からは感じられるのが不思議だ。後半はゆったりとした、多少トロピカルな展開となって、ドリーミーな展開をする。途中流れるシンセのウネウネは「バンド・オン・ザ・ラン」のオマージュ?。

5. The Fruit Of The Wild Rose
 マリリオンとしては珍しくブルージーなサウンド(左のギター、右のオルガンがいかにもいかにも)を聴かせる、オヤっと思わせるが、サビのコーラスでは一気にマリリオン節を全開するというパターン。7分近くの大曲であり、アーシーに始まる前半のブルージーなムード生かしつつ、シーケンス・パターンが聴こえる後半から、スケール豊かに展開するあたりはいかにもマリリオン。

6. Separated Out
 これは、かつての「Gazpacho - Cannibal Surf Babe」のメドレーや「Hooks in You」を思わせるアップテンポでハード、そのくせちょっとポップだったりもする作品だ。マーク・ケリーのオルガンが実にいいムードを出している。中間部で「ミスター・カイト」みたいなサーカス風な展開になるのも英国っぽくていい。という訳で、この曲本アルバムではもっともロック的カッコ良さが出た曲となった。後半に出てくるギターのリフは「長い夜」のオマージュだろうか?。

7. This Is The 21st Century
 本アルバムでもっとも長い11分の大作。ただし、曲は前述の「Quartz」と同様、テクノ風なリズム+アシッドなアンビエント・サウンドが組み立てられている。私は個人的にこういうサウンドが好きなのだが、一般のマリリオン愛好者にとって、こういう路線はどう受け止められたのだろうか。また、この暗い情念を感じさせるホーガスのボーカルは、いやおうなく「ブレイブ」でのあの美しさ思い出させる。ちなみに曲は5分過ぎあたりから、キーボードが重層的に重なり、浮遊感を伴いつつドラマチックな盛り上がりを見せる。このあたりも「ブレイブ」を思わせるスケール感を感じさせる。こういうサウンドを聴くと、マリリオンって再結成フロイドと音楽的には意外に近いものがあるとも思う。

8. If My Heart Were A Ball It Would Roll Uphill
 これも9分を超える大作、冒頭はボサ・ノヴァ風ではじまりオヤっさせたところで、唐突にソリッドでヘビーなサウンドに発展する。マリリオンにしてはかなりハードなギター・リフだが、コーラスできっちりマリリオン節になるあたりのバランス感覚は、いかにもマリリオンの老獪さを感じさせる。後半は冒頭のムード+スペイシーなサウンドにチェンジして、ドラマチックに盛り上がる。ただ、なんていうか、この曲の場合、いろいろなドバーっと出したはまではいいが、どうも最終的にそれをまとめあぐねたところを感じないでもない。

2010年3月25日 (木)

the EXPLORERS / Another Lost Soul On The Run(virtual Second Album)

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 昨日、聴いたエクスプローラーズの音源を全て集めた「THE EXPLORERS / Manzanera & Mackay」だが、懐かしいやら、改めてその高いサウンド・クウォリティに感心するわで、iTunesでリスト化したデビュー・アルバムを本日も移動中にiPodでも聴きまくってきたところだが、ここでかねてやりたかった、きちんとした形で遂に陽の目を見なかった。彼らの2枚目をリストしてみることにした。この2枚組には計28曲、アルバムにすれば3枚分のマテリアルが収録されているから、そこからベスト選曲で10曲程度を選んで、仮想的に自分がプロデューサーにでもなった気分で、セカンド・アルバムを作ってしおうということである(これまでに出た数枚のCDは、ダブりもあったことだし、どうも選曲的な納得できないのだ)。

 さて、まずはどうしても落とせない曲をまずリストアップしてみると、おそらくエクスプローラーズ最大の名曲といってもいい「Another Lost Soul On The Run」、そしてそれに迫る「Safe In The Arms Of Love」「Black Gang Chine」、バラード系の佳曲「Many Are The Ways」と「I Can Be Tender」、そしてアルバムのクロージング・ナンバーとしてに「It Always Rains In Paradise」は落とせないところだろう。これで既に6曲、一応、アナログLPを想定しているので、あと4~5曲ということになるが、個人的にはマンザネラが801のインスト・センスを甦らせたような「Sacrosanct」と「Forgotten Man」は是非入れたいところで、これで8曲。あと2,3曲である。エクスプローラーズにはロキシー的な賑々しい刹那的ポップセンスというもの入れたいので、シングルにもなった「Falling For Nightlife」も入れたい....という訳で、とりあえず9曲。デビュー作の同じ曲数だ。

 これを仮想的にアナログのAB面に割り振った構成を考えると、まずA面のオープニングは「Another Lost Soul On The Run」で確定、後述の「Black Gang Chine」でもいいのだが、やはりここは彼らの最大の名曲で一気に盛り上げたい。続いて前作の「ローレライ」に倣って、2曲目は賑々しい「Falling For Nightlife」(アート・オブ・ノイズを思わせるノイジーなビートなのが懐かしい)、次はメロディックな作品で是非ともフェリーに歌って欲しかった「Many Are The Ways」 、そして多少緊張感のあるインスト指向の強い「Forgotten Man」でメリハリをつけるといったところだろうか。一通り聴いてみると、どうも4曲では弱い。あっという間に終わってしまうという感じである。あれこれ考えた挙げ句、「Forgotten Man」の後、ダンサンブル系ナンバー「Men With Extraordiinary Ways」と「Built For Speed」を加えて、多少ポップな感じを増強した。

 一方、B面のトップは緩やかな導入の「Black Gang Chine」で決まりだろう(この曲はロキシー時代の「Running Wild」を思わせるサウンド、雰囲気があるのがいい)。次は比較的リラックスした「I Can Be Tender」、そして再びインスト指向の強い「Sacrosanct」、ハイライトとして、紛れもない「アヴァロン」サウンドを満喫させる「Safe In The Arms Of Love」、クロージングとして「It Always Rains In Paradise」という感じでスムースに決定。計11曲(55分)、アナログLPとしてはいかにも長いが、まぁ、本当にアナログ・レコードを作る訳でもないので、一応、これで決定版としたい。これでようやくエクスプローラーズの全貌が、きっちりフレームに収まったという感じだ。もちろん個人的にはだけど。ちなみに2枚組のCDに残った8曲は、個人的にはボーナス・トラック扱いである。


01. Another Lost Soul On The Run
02. Falling For Nightlife
03. Many Are The Ways
04. Forgotten Man
05. Men With Extraordiinary Ways
06. Built For Speed

01. Black Gang Chine
02. I Can Be Tender
03. Sacrosanct
04. Safe In The Arms Of Love
05. It Always Rains In Paradise

2010年3月24日 (水)

the EXPLORERS / Manzanera & Mackay

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 エクスローラーズは「アヴァロン」を最後に解散したロキシー・ミュージックの残党2人、つまりフィル・マンザネラとアンディ・マッケイがジェイムス・レイスというボーカリストを迎えて、83年に始動したプロジェクトだ。一般的に当時の「ロキシー=イコール・ブライアン・フェリー」という認識であったから、フェリーが85年に出した「ボーイズ&ガールズ」は、「アヴァロン」に続く実質的にロキシーの後継作という位置づけで大ヒットしたのに対し、このエクスプローラースはマンザネラとマッケイというロキシーのオリジナル・メンバーを二人を擁していながら、それなりの「ロキシー通」の間でも、全くといっていいほどに注目されないまま終わった。エクスプローラーズのボーカルを担当するジェイムス・レイスはかなりブライアン・フェリー的なキャラクターをもったボーカリストであり、出来上がったサウンドは「アヴァロン」にかなり肉薄した、フェリーにあっけなく解散通告されたふたりが「ロキシーは決してフェリーだけじゃないんだよ」的な意地を感じさせるハイ・クウォリティなものであったにも関わらずである。

 その後、マンザネラとマッケイはエクスプローラーズという看板では商売にならないと思ったのか、プロジェクト名義をマンザネラ/マッケイに変え、しばらくは継続していたようで、この名義の2,3枚のアルバムが発売されている。私はそのどれも律儀に付き合ったクチだが、困ったことといえば、これらのアルバムはどれを購入しても、曲目にだぶりがあったことだった。大半がダブっているのなら、最初に録音したもののアルバム未収録曲を転用しているのね....と納得もできるのだが、日本でも発売された「マンザネラ&マッケイ」などは、その過半数はデビュー作に入っていない曲ばかりで構成されていたりしたのは、今でも活動しているのなら、どうしてフル・アルバムではないのか?、それともデビュー・アルバムにそれほど沢山マテリアルを録りためてあったのか?。と、さっぱりわからなくて、より混乱を招いたものだった。いずれにしても、細々と出続けた彼らのアルバムもやがて見かけなくなり、プロジェクトはおそらくは自然消滅したのであったが、今でもたまに彼らのアルバムを聴くと、「一体、あの変則的なリリースの仕方はなんだったのか」と疑問に思ったりもしていたものである。

 さて、本作はこうしたエクスプローラーズの活動の全貌を2枚のCDにまとめたものである。先日Twitterでふとしたきっかけのこのプロジェクトの話が出たことから、ネットで調べてみたところ、こんなアルバムが出ていることを知ったので、急遽購入したものだが、なにしろエクスプローラーズに関しては、私は肝心のデビュー作をCDで買い換えをしておらず、いわば残り物ばかりで構成されたCDをもっぱら聴いていたせいもあって、デビュー作のソースを聴けるだけでも、価値があると思った次第である。そんな訳で、さきほどからデビュー・アルバムに準じた構成で曲が収録されたディスク2を聴いているところだが、うーん、冒頭の「愚か者の船」、そして「ローレライ」に続く流れは、無性に懐かしい。前述の通り「アヴァロン」に続く実質的にロキシーの後継作は、誰がなんといおうとフェリーの「ボーイズ&ガールズ」だろうが、「ボーイズ&ガールズ」でフェリーが再現できなかったロキシー的要素も少なからずあるのも事実で、ここにはそれが全面的に開陳されているといってもいい。

 マンザネラのギターやマッケイのサックスといったインスト部分はもちろん、フェリーよりもう少し重く暗いマイナー調や、演歌的いってもいいような泣き節、隠し味的に随所に聴こえてくる実験的な音響、ある種のアマチュアリズムを感じさせる賑々しさといったところは、確実に「ボーイズ&ガールズ」で高度の洗練の代償としてフェリーが失ってしまったものである。私はブライアン・フェリーは当然大好きだが、マンザネラやマッケイが作った曲も愛好しており、例えば「アヴァロン」でいえば、マンザネラの「Take A Chance With Me」、そしてマッケイの「While My Heart Is Still Beating」といった曲への愛着もひとしおだったりするので、この2曲の続編ともいえる「Safe In The Arms Of Love」や「You Go Up In Smoke」といった曲の素晴らしさ、水際だったサウンドのプロダクション・ワークといったところを聴くにつけ、やはりエクスプローラーズは、「もうひとつロキシー」だったことを痛感してしまった。これが全く注目されなかったことは、返す返す残念なことであった。今でもそう思う。

※ ちなみに本作は1枚目のアルバムの収録曲のほぼ全て、何枚か発売されたシングル、そしてフルアルバムにはならなかったが、断続的にレコーディングされたらしい、幻の第2作目の楽曲がほぼ網羅されているようだ。


2010年3月21日 (日)

RICHARD WRIGHT / Wet Dream

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 これもほとんど初めて聴くアルバム、リチャード・ライトといえば「エコーズ」や「狂気」におけるサウンド面での貢献はいわずもながなだったし、私はもともと初期のピンク・フロイドの「追想」とか「サマー68」といった彼の歌う作品が好きだったこともあり、発表当時(1978年)はそれなりの注目していたはずなのだが、私が居たコミュニティででの評価は散々だった。いわく「気の抜けたビール」だの「やる気がないんじゃないの」といったもので、とにかくこの作品の「覇気のなさ」のようなものに、皆一様にがっかりしてしまったようであった。
 当時のフロイドは、既に「狂気」や「おせっかい」のような音楽的陣容は終わっていたのだが、まだまだそうしたフロイド・サウンドを求めていたファンは世の中にはまだまだ沢山いて(私もそのひとり)、本作はそうした期待を一身に集めてしまったところに、そもそもの不幸があった気が-今にして思えば-しないでもない。そんな訳で、私はこの作品にはほとんど関わることがないまま、30年が過ぎてしまったという訳である。

 さて、本作であるが、もはや歴史的にフロイドが終わりかけているこの時期に聴くと、もはやそれほど過大な期待も、次にバンドが「ウォール」が出ることも知っているから、1970年代後半の「アナザー・フロイド」もしくは「フロイドのスピンアウト」として楽しめる。これは1978年という時期において、フロイドで彼の居場所がなくなっていたこともよく分かる音楽ともいえる。例えば本作中、もっとも往年のフロイド色が出ていると思われる「Cat Cruise」では、「狂気」直伝ともいえるピアノをベースにした弾力的なサウンドに「エコーズ」的な上昇感を加味したような音楽になっていて、半音づつ転調繰り返しつつ、大きな波みたいに山場つくる後半部分などなかなかいい味を出しているのだが、「アニマルズ」や次の「ウォール」には全くみられない趣向であるのも確かである。
 つまり、既に当時のフロイド内ではこうした浮遊感やキーボード主体の音楽は用済みになっており、それが思うように出来なかったから、ソロでこうした音楽を展開したということであろう。ならば、こうした手法をもっと積極的に使った、それこそもう少し覇気のある音楽つくらなかったのだろう?と思わないでもないのだが、そのあたりは「リチャード・ライトの人柄なんだよ」ということと同時に、これが作られたのが1978年だったということも大きかったと思う。

 1978年といえば、歴史的にもプログレの終焉期である。パンクやニューフェイブといった世代交代が劇的に進み、一流バンドは自らが作り上げたスタイルの自己再生産を始め、ポップなスタイルに変身していた時期でもあった。おそらくリチャード・ライトもそのあおりを食らったのだろう。前述の通り、リチャード・ライトの持ち駒は、既に「古いもの」になってしまっていたのだ。往年のフロイド的手法が薄味なのは、おそらくこうした理由があったからでもないか。つまり、時代的に陳腐なものになるのが怖くて、フロイド的なものを全面的には開陳できなかったのである。
 そんな訳で、このアルバムから感じられる「なんだか躊躇するような感じ」(これはデビッド・ギルモアの一作目も感じられた)は、まさに1978年という時代ならではの空気を私に感じさせる。本作の随所にまるでアリバイ作りのように入るメル・コリンズのメロウなサックスや柄にもないフュージョンっぽい音作りをした「Funky Deux」が、まるで1970年頃にタイムスリップしたような淡い抒情を感じさせる「Summer Elegy」や「Pink's Song」といった作品と、アルバム内に混在している様は、プログレ終焉期の1978年という時代ならではものである。その意味で、本作品は初めて聴くのに妙に懐かしい気分にさせられたアルバムでもあった。

2010年3月17日 (水)

FOCUS / Focus 7 - 9

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FOCUS_7 - New Skin (2006)
 「フォーカス9/ニュー・スキン」には珍しく、「FOCUS_7」と「FOCUS_9」というナンバリング・シリーズが2曲収録されている。前述の通り、再結成フォーカスのアルバム「フォーカス8」には、そのタイトルと整合性がとるかのように「FOCUS_8」が収録されていたので、結果的に7番が完全な欠番になってしまうことから、アルバム「フォーカス9」に「FOCUS_9」と共にこの「FOCUS_7」も収録されたのだろう。
 曲の方は、なにやら「FOCUS_3」を思わせるマイナー調に始まり、ギターを大きくフィーチャーしつつ進んでいく、ナンバリング作品では久々の短調といったところだが、どちらかといえば、かつての「ストラスブルグの聖堂」とか「ブラザー」といったバロック路線に近い作品のような気がしないでもない。あと、全くの推測だが、この番号からすると、本作品はタイスとヤン・アッカーマンの組み、事実上のフォーカス再結成プロジェクトとなったアルバム「青き旅路」のための作品だった....という可能性もある。

FOCUS_8 - Focus 8 (2003)
 こちらは「Focus_4」を思わせる、大海原を行くような広がりと、なだらかなリズムでゆったりと進んでいく作品。ヨーロッパ風な明るさとエレガントな雰囲気はナンバリング・シリーズならでは仕上がりで、バンドはもちろんそうだが、約30年ぶりにナンバリング・シリーズも復活したという訳である。本作を初めて聴いた時、かつてのムードの再現にぶりに、「おぉ、タイスはまだこの路線を忘れてなかったんだね」と思わずニヤついてしまったものだ。アレンジ的にはもう一山欲しいところがないでもないが、まずはフォーカス復活の印象を焼き付けた1曲ではあった。
 テーマはピアノとユニゾンで決めているのは、残念ながらアッカーマンではなく、ヤン・デュメーという人だった訳だが、この人はややスリムなものの、なかなか官能的なフレーズの使い方はうまく、フォーカスらしい雰囲気を出しているのは感心した(ライブではパット・メセニーの影響も伺わせたりもしたが....)。

FOCUS_9 - New Skin (2006)
 ナンバリング・シリーズとしては一番最後の作品となる。こちらはシリーズ最初の「FOCUS」を思わせるリズム・パターンにのってテーマが演奏されるが、途中アコスティック・ピアノとアコスティク・ギターのユニゾンでもって、室内楽風に進んでいく部分がかなり長く展開されていて、その途中でフルートが絡むあたりがミソだろう(もう少しフィチャーしても良かったとも思うが)、結果的に演奏時間は8分近くなり、シリーズの中では「Focus」に次ぐ長尺作品となっているのが特徴だ。
 ただ、まぁ、これだけ演奏時間をかけた割には、やや盛り上がりに欠けるというか、全体にかなり地味というか、かつての覇気が後退してしまったような気がしないでもない。まぁ、タイスも60歳を超えて、相応に枯れてきたというところはあるだろうし、ある種このシリーズに対するこだわりのようなものが、タイスの中で溶解してしまっているということも考えられるが....。

2010年3月16日 (火)

FOCUS / Focus 4 - 6

F1974


Focus_5 -Ship of Memories (1977)
 「ハンバーガー・コンチェルト」に先立つ、1973年のレコーディング・セッション(デモのようなものだったと思われる)で収録された作品。従って、順序からいえば「Focus_4」となるのは、当然この作品のはずだったのだが、結局「ハンバーガー・コンチェルト」にこの「Focus_4」が収録されなかったため、同曲は数年を経て、フォーカスの落ち穂拾い的アルバム「美の魔術」で、「Focus_5」として公開されることになる。
 本編は従来のドラマチックなクラシカル路線から、ほんのりとボサノバの香りがするジャジーな音楽へと趣を変え(アッカーマンがウェス・モンゴメリー風のキダーを弾いているのにニヤリ)、むせかえるようなロマンティシズムを醸し出している。当時いかなる理由があったのかは知らないが、これがお蔵入りになったのは到底納得できない、シリーズ屈指の名曲といえる。なお、私は未聴だが、同曲のオーケストラ・ヴァージョンは1977年の「Introspection 3」に収録されている模様である。

Focus_4 -Mother Focus (1975)
 フォーカスがフュージョン的なスムースさとコンパクトなポップを身に纏い、イメージ・チェンジしたサウンドで賛否両論(否の方が多かったが)を生んだ「マザー・フォーカス」に収録された作品。前述の通り、これは本来なら「Focus_5」となるべき作品だったのだが、先行した作られた「Focus_4(5)」がお蔵入りになったので、こちらは繰り上がって「Focus_4」となった訳である。
 「マザー・フォーカス」は、レイドバックしたような「緩さ」をバンド自身がコンセプトとして意図的に狙ったアルバムだったので、この「Focus_4」にもそれが反映した仕上がりだ。フルートとピアノによるイントロから、エレガントなテーマをギターを交えてゆったりと演奏していくが、その様は船が大海原をゆったりと曳航していくような趣きがある。このテーマが繰り返されると、味付け程度にリズム・チェンジする場面が盛り込まれているが、基本的な曲調はほとんど変化しないのは、まさにこのアルバムのコンセプトを敷衍したからだろう。

Focus_6 -THIJS van LEER / Reflections (1981)
 先日も書いたとおり、この曲は目下のところフォーカスによるバンド・ヴァージョンが存在しておらず、あるのはタイスによるオーケストラ・ヴァージョンだけになっている。曲の方は、「Focus_4」と共通するややトロピカルなおおらかなムード、「Focus」を思わせる優美な明るさ、「Focus 2」に似た旋律があり、さながらフォーカス・ナンバリング・シリーズの総決算というか、良いとこ取りみたいな趣がないでもないでもない。
 ちなみに再結成フォーカス最初のアルバム「フォーカス8」には「Fretless Love」という曲が収録されているのだが、この曲のテーマが「Focus_6」と酷似していると思えるのは私だけだろうか。中間部の展開は全く違った様相を呈しているが、ひょっとすると、タイス(もしくはメンバーが)は「Fretless Love」を「Focus_6」のイメージを無意識に踏襲して作ったのかもしれない。かの曲は確かにナンバリングこそされていなかったものの、その仕上がりは明らかにこのシリーズに入れてもおかしくないものであった。

2010年3月15日 (月)

FOCUS / Focus 1 - 3

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 数日前にツイッターでのやりとりで、フォーカスのナンバリング・シリーズで欠番の話が出た。欠番というのは実は「Focus 6」のことで、先日、タイスのソロ・アルバムを取り上げたのは、実はそれがきっかけになっていた。更にそれがきっかけになって、いつかはやってみたいと、長年思っていたことさきほどからやっているところである。それは、このナンバリング・シリーズを順番に聴いていくというものである。以前だと、1曲毎にディスクをとっかえひっかえしなくてはならず、面倒くさくてやる気にならなかったのだか、今はiTunesでリストをつくれば簡単にできる。思い立ったので先ほどリスト化して、さっそく聴いているところなのである。そんな訳で、何回かに分けて、フォーカス・ナンバリング・シリーズを曲毎にレビューしてみたい。今回は「フォーカス」から「フォーカス3」までの3曲である。

● Focus  - In and Out of Focus (1970)
 シリーズ最初の作品で、デビュー・アルバムにはボーカルとインストの2ヴァージョンが収められている。前者はボーカルがテーマを歌った後、ギターが長目にソロをとりつつ、そのまま終わってしまうという、あっさりした食い足りないアレンジになっているが、後者の方はヨーロッパ風なロマンティックさと頻繁にリズム・チェンジしてドラマチックに盛り上がるアレンジなど、既にかなり「フォーカスらしさが出来上がっている」ところを見せる。ただし、何故かウェストコースト風なところなどが混入していたり、リズム・チェンジ後のギターやフルートをフィーチャーしたロック的な展開にややくどさがあったりと、全体にアレンジが泥臭いものになってしまっているのも事実だ。
 後年のタイスなら、そのあたりをコンパクトに、しかも洗練されたアレンジしたであろうが、この時期のフォーカスは未だ試行錯誤の段階だったのだろう。ちなみに「Introspection」に収録されたオーケストラ・ヴァージョンは、そのあたりの不満を解消した、次の「Focus2」と比べても、なんら遜色のない仕上がりになっている。

● Focus_2 - Moving Waves (1971)
 やはりフォーカス・ナンバリング・シリーズ最大の名曲といったらこれか?。厳かなイントロ、ピアノとオルガンのイントロに甘いギターが絡み、ロマンチックに進んでいくと、突如、リズムチェンジしてドラマチックな展開へ突入、そのハイライトでの泣きのギターが登場するという、まさにプログレとしかいいようがないアレンジは今も全く色あせていない。今聴けば別にどうということないが、ロックにこういう映画音楽的ロマンティシズムが導入するというのは、当時(1971年)、非常に斬新な試みではあったし、こういうロマンティシズムというものがロックに乗ってしまうものだということを知らしめたという点でも、この曲はエポックなものだったと思う。もっとも、こうした泣きのギターをフィーチャーしたロマンティクなプログレといったら、その後はフォーカスではなく、むしろキャメルあたりが引き継いでいくことになるのだが....。
 なお、「Introspection」に収録されたオーケストラ・ヴァージョンは、大貫妙子が聴いたら、喜びそうなまさにヨーロッパ映画的ムード満載の、この曲の地がよく分かる優美極まりない仕上がりになっている。

● Focus_3 -Focus III (1972)
 陰影に富んだオルガンのイントロからギターの泣きでハイライトへ....というパターンはFocus_2とほぼ同様だが、むしろ、ここではアッカーマンのバイオリン奏法によるギターが、様々な表情を見せつつ、じわじわと盛り上がっていくあたりのプロセスが、最大の聴きどころではないと思う。この時期のフォーカスはインプロヴィゼーションに傾斜していた時期に当たるせいか、この曲はアッカーマンのショーケースのようなアレンジになっているのが特徴だ。ちなみに、この曲、次にメドレーでつながる「Answers? Questions! Questions? Answers!」への前奏みたいな側面もあったせいか、単体の作品としての盛り上がりは「Focus2」今一歩譲った感があるのは曲のコンセプトとみるべきだろう。
 ちなみに、オーケストラ・ヴァージョンは「Introspection 2」に収録されている。アレンジはアッカーマンのパートをタイスのフルートに置き換え、全体的にイージー・リスニング調の軽いムードに仕立て直している。リズムチェンジした後のパートなど、まさにドキュメンタリー「欧州紀行」のサントラといった風情である。

2010年3月12日 (金)

THIJS van LEER / Reflections

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 フォーカスのリーダー、タイス・ファン・レアーは70年代前半フォーカスの全盛期の頃からソロ活動をしている。彼は自らのことをキーボード奏者ではなく、フルート奏者として自認していることは間違いなく、彼が出した一連のソロ・アルバムは、おそらくその過半数はオーケストラをバックに彼のフルートをフィーチャーしたセミ・クラシックといいたいような音楽である。その一番最初のものは「Introspection」という作品で、1972年にCBSから発表されているが、なんと日本でも「イマージュ」というタイトルがつけられて発売されていた。時にフォーカス全盛期、フォーカスに関連するものは、きっとなんでも売れたのだろう、中世音楽を全面に押し出したヤン・アッカーマンの「流浪の神殿」やタイスの「Introspection」が、当時立派に国内盤として流通していたというのは、今や隔世の感もある。
 当時、私はフォーカスにかなり入れ込んでいたせいで、前述の2枚はどちらも勇んで購入したクチだが、中世音楽に紛れてロック風な曲が多少は収録されていた「流浪の神殿」に比べ、こちらの「Introspection」は、全体を通じてロックのロの字ない、全くのクラシック然としたたたずまいには驚愕した。実はクラシックというより、実体としては「クラシック寄りのイージー・リスニング・ミュージック」といったものだったのだが、現在とは違い、音楽ジャンルやカテゴリーがきっちりと存在していたあの頃に、ロックの方からこういう代物が出てくるというのは、それだけでもかなりの驚きがあったものである。

 さて、本作だが、こうして始まったタイス・ファン・レアーのセミ・クラシック・シリーズの1作である。彼のこのシリーズを当初「Introspection」シリーズとして都合パート4まで続け、本作はその後を受けて1981年に発表された作品のようである。私は「Introspection」シリーズですら全て聴いている訳ではないが、かのシリーズが全体としては、「ポール・モーリアより大分高級だが、さりとてクラシックといえるほどシリアスでもない音楽」だったのに比べると、 本作ではロジェ・ファン・オッテルロー(タイスの音楽の師匠で「Introspection」の編曲を担当)が居ないせいか、いささかベタなヨーロッパ調イージー・リスニングに流れてしまった印象が強い。BGMとして聴くならいいけれど、フォーカスのタイスの作品として聴くには、ちと不満を感じてしまう仕上がりだ。
 まぁ、そんな本作であるが、フォーカス・ファンなら無視できない点が実はひとつある。それは本作には「Focus 6」が収録されていることだ。フォーカスは2作目で「Focus 2」、3作目「Focus 3」と、バンド名の後に番号を振った曲を度々収録しているだけれど(現在は「Focus 9」まで来ている)、何故だか「Focus 6」だけはフォーカスの作品にこれまで収録されいなかったのである。おそらく、フォーカスの第6作「Focus con Proby」のために作ってお蔵入りになってしまった曲だったのだろうが、それがオーケストラ・ヴァージョンとはいえ聴けるのだから、これはやはり注目せざるを得ないだろう。

 問題の「Focus 6」を聴いてみよう。曲の序盤はまずピアノのストリングスのさざ波にのようなイントロにのってフルートが登場する。これは「Focus 2」に似た感じの旋律だが、曙光のようなヨーロッパ調の明るさは、むしろシリーズ最初の「Focus」を思わせるものも感じられたりする。また、あまりドラマチックな山場は作らず、テーマの繰り返しで、ゆったりと曲を盛り上げていくあたりのアレンジは「Focus 4」のセンスにも近い。まさに正調フォーカス・ナンバリング・シリーズといった仕上がりだ。逆にいえばこういう曲であったからこそ、あのジャズとポップス風味が妙に混濁した「Focus con Proby」には、バランス的に入れられなかったのだろう。
 あと、6曲目は「ハンバーガー・コンチェルト」に収録された「ストラスブルグの聖堂」のオーケストラ・ヴァージョンで、これも聴いていて損はない出来だ。ついでに、ヴァンゲリスの「チャイナ」、プロコルハルムの「青い影」、10ccの「アイム・ノット・イン・ラブ」といった大名曲を取り上げている点もおもしろい。どれも甘口で、ヨーロッパ大陸で、かの曲をアレンジするとこうなるか的おもしろさがあり、南フランスのお土産屋さんかなにかで、これらがかかっていたらさぞや似合いそうな感じである。個人的には映画「さよならをもう一度」で有名になったブラームスの交響曲第3番の有名な第三楽章が取り上げられていたのがよかったかな....などと、割とネガティブな書き出した割には、聴きどころ満載である(笑)。

※ ちなみに本作はCD化に際して、ラヴェルの「ボレロ」バッハの「カンタータ第82番-われは満ちたれり」の2曲を付加した12曲構成で、「Borelo」というタイトルでリイシューされている。私の聴いたのは当然そちらの方である。


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2010年3月10日 (水)

AREA / Tic & Tac

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 高い人気を誇っていたバンドから、そのイニシアティブをとっていたリーダー格のメンバーが(あるいは看板スターが)、よりによってバンド全盛期ともいえるピーク時に突如脱退するという事件はよくあることである。これはプログレの世界も同じ、ジェネシスからピーター・ゲイブリエルが、イエスからジョン・アンダーソンが、ゴングからデビッド・アレンが、マリリオンからフィッシュが....と、この手の脱退劇は枚挙のいとまがないくらいである。しかも、おもしろいのは、今、思い出つままに名を上げていったバンド達に限らないが、この衝撃的ともいえる人事異動を目の当たりにしつつも、残ったメンバー達はその後バンドを継続させ、意外にもほぼ傑作と呼びうるアルバム(「トリック・オブ・ザ・テイル」「ドラマ」「シャマール」「美しき季節の終焉」)を物にしているということである。

 このアレアの場合事情は多少ことなるが、状況としては似たようなものである。アレアはご存じの通りディメトリオ・ストラトスという超人的なボーカリストを擁して、彼のエジプトで生まれたギリシャ人というルーツから生まれたと思われる、地中海や中近東音楽音楽をベースにした特異なヴィブラート・ボイスに、ジャズをロックを自由に行き交ヴァーサタイルなインストをスパークさせ、破天荒なダイナミズムを獲得した音楽だった。彼らはこうしたスタイルでアルバムを数枚ほど残し、多分その最盛期のまっただ中で、リーダーのディメトリオがなんと白血病で亡くなってしまうのだ。このバンドに対するダメージの壊滅度はほぼ最大級であったろう。ほとんどビートルズからレノン&マッカートニーがいなくなってしまったようなものである。しかし、メンバーはこの悲劇にひるむことなく(実際はひるみまくっただろうが-笑)、このアルバムを作り、それが意外にも傑作となったのだ。

 むろん、ディメトリオが既におらず、それに代わるメンバーも補充せずに作ったため、音楽的にはそれまでのアレアのそれとはかなり異なるものである。バンドメンがおそらくジャズ出身の者ばかりだったこともあるだろう。ここで聴ける音楽はかつてのアレアとは似て非なるジャズ・ロック....いや、フュージョンと呼びたいような代物であるのは間違いない。しかし、このアルバムで聴ける心地よいフュージョンとはいいさか異質なアグレッシブさ、ディメトリオのボーカル・ラインを模したようないくつのモチーフを組み合わせてテーマを作っていくところなど、私には十分にアレア的な匂いが感じれたし、アレアの残像のようなものを抜きにしても、ファンキーなリズム・パターンとベースにしつつも、縦横に4ビートのオーソドックスなソロを配置していく、クレバーとしかいいようがないアレンジのセンス、シンセサイザーの巧緻な使用、マハビシュヌオーケストラに迫るようなリズムセクションのダイナミズムなどは、単品のジャズ・ロックとしても一級品と呼びたいような仕上がりを示していたと思う。

 本作がどうしてこのような仕上がりになったのか、すこし意地の悪い推察をさせもらうと、後期のアレアのアルバムは、どんどん非ジャズ的な音楽に向かっていたことが、ひょっとするヒントになるかもしれない。もともとジャズ・ミュージシャンだったアレアのメンバーにとって、これはかなりしんどいものであったろうことは(嫌がっていた訳では当然ないだろうが)、「1978」や「maledetti」といったアルバムの音楽聴けば、なんとなく察しがつく。で、ディメトリオ亡き後、残ったメンバーがアレア的なアルバムを作るとすれば、それは「1978」のようなものではなく、初期の4作に近いジャズ・ロック的なものになることは当然の成り行きだったのではないか。しかも、メンバーはそういう初期型アレアの音楽スタイルを長らく封印状態だったので、本作では期せずして息せき切ったように、ストレートなジャズ的なスタイルがあふれかえる結果になったとのでは....思ったりするのだが、どうだろうか。

2010年3月 8日 (月)

SYNERGY / Sequencer

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 アメリカのシンセサイザー奏者ラリー・ファーストによるひとり多重シンセ・オーケストラ、シナジーの第2作である。前作の「10番街の殺人」については、かなり酷評気味に書いてしまった私であるが、この第2作は中々良い出来だと思う。多少、手前勝手な言い方になると思うが、本作がかくも素晴らしき仕上がりとなったのは、やはり前作と本作の間に、彼が関わったネクターの大傑作「リサイクルド」の存在が大きいのではないかと思う。疑似管弦楽というシミュレーション作業にやや手足を絡め取られてしまった感のある前作に比べ、本作ではシンセサイザーのスペイシーな音色、いささか下世話なドラマチックさや仕掛けをもっと自由に駆使して、よりダイナミックな音楽に仕立てているのだが、そこにどうしても「リサイクルド」の音楽が見え隠れしてしまうのだ。実際、ここで展開される音楽を聴いていると、まるで「リサイクルド」の音楽から、ネクターの演奏したパートだけをカットしたような音楽に聴こえる....ところすらあるくらいなのだ。

 例えば、1曲目の「S-scape」など、金管を模したようなモチーフに乗って、スペイシーで桃源郷風なサウンドがキラキラと輝くあたりの組み立て方は、「リサイクルド」の「Recycle」あたりと全く同じであるし、様々なテーマをつるべ打ちのように繰り出していくあたりアレンジももかなり酷似したものを感じたりするのだ。また「Cybersports」のテクノ的ともいえるエレクトリック感覚など、かのアルバムの「Automation Horrorscope」を思い起こさずにはいられないものがある。
 更にいえば、アルバム中、もっとも大作である11分半にも及ぶ「Sequence 14」では、同じく「Sao Paulo Sunrise」の流動感を思わせる華麗なるサウンドに始まり、やはり「Automation Horrorscope」を思わせるテクノ感覚や「Marvellious Moses 」風な早回し的なダイナミズムなどを織り込んだ、「リサイクルド」と共通する聴き応えが仕上がりになっている。こういう部分はまだまだあるが、いずれにしても、本作ではこうした「リサイクルド」でラリー・ファースト自らが使った方法を、逆輸入して自分のソロとして展開しているような部分が実に多いのである。で、結局はそうした部分こそが、前作と本作との音楽的クウォリティの差となって現れたということなのだろうと思う。

 思うに、ラリー・ファーストはネクターとの作業で、「既に出来上がったバンドアンサンブルの音楽」にいかに効果的なシンセ・サウンドを付加していくかという作業でもって、シンセサイザーという飛び道具を、音楽的に使うやり方というものを会得したのではないだろうか。それらをフィードバックした上でこの作品は作られ、果たして前作を上回る仕上がりとなったという訳だ。もちろん、相変わらず効果音だけを振り回しているだけで、肝心の音楽が不在になってしまっているところも散見するが、前作に比べれば、遙かに音楽的であり、ロック的なスリリングさが感じられるのも特筆すべき点であろう。
 ちなみに前作の「10番街の殺人」に相当する、既成曲のアレンジとしてはドボルザークの「新世界」から例の有名な第2楽章を取り上げている。冨田風にスタティックなアレンジではあるが、この楽章のコラール的なところをファンタスティックに拡大したなかなかのアレンジだ。また、「クラシカル・ガス」は前作にも収録された作品だが、そのメリハリといい、リズミカルなアレンジといい、前作のそれを軽く上回るまずはシナジーの代表作ともいえる仕上がりとなっている。

2010年3月 7日 (日)

GARY BOYLE / Games

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 先日とりあげた「The Dancer」と一緒に購入したもの。ただし、こちらは昔の作品ではなくて2003年に収録された比較的近年の作品である。ゲイリー・ボイルは「The Dancer」の後、数枚のソロを出していたことは知っていたが、それから後は全く消息を聞かなくなってしまっていた。小さなジャズ・クラブに出たり、マイナー・レーベルでソロ・アルバムが出ていた可能性もあるが、本作の内ジャケを見ると「25年振り云々かんぬん」というフレーズが出ていたりするが、実態としてはほとんど引退状態だったのだろう。
 さて、その久方ぶりのソロ・アルバムであるが、2曲だけピアノが参加しているものの、基本的には極めてオーソドックスなギター・トリオで録音されていて、メンツはウッド・ベースにRiaau Volso、ドラムスにPatrick Illingworth、ゲストのピアノがZoe Rahamanという布陣となっている。私にとっては全く無名な布陣であるが、名前からするとイギリスのインド系ジャズ・ミュージシャン達なのかもしれない。

 音楽的には全くもってオーソドックスなジャズ・ギター・トリオである。「The Dancer」で聴けたようなフュージョン色はもちろんだが、プログレ的あるいはジャズ・ロック的なゴリゴリ感もほとんどなく、全体としては、かつてジャンル横断的な活動をしていたジャズ・ギタリストが繰り広げる渋いジャズ・アルバムといった風情である。ジョー・ベック、マイク・スターン、ビレリ・ラグレーン、ジョン・スコフィールド、パット・メセニーといったフュージョン出身のジャズ・ギタリスト達は、時たま先祖返り的に4ビート・アルバムを出すけれど、調度、雰囲気的にはあれに近いムードといってもいい。
 もちろん、アメリカとイギリスという違いはあるから、ゲイリー・ボイルの音楽はより密室的でマイナーなところはあるが、総体的には前述のミュージシャンとかなり似たような立ち位置の音楽なように思う。「昔はいろいろやったけど、やっぱオレはコレだよ」みたいなところであろう。本作ではオリジナル作品の他、チック・コリアの「Windows」、マイルス・デイヴィスの「Blue in Green」、ヴィクター・ヤングの「Beautiful Love」というスタンダード作品を取り上げているが、この選曲がこうした立ち位置を雄弁に物語っていると思う。

 なお、かつての面影を偲ばせる曲としては、やはりピアノを迎えての1曲目の「Gozo」だろうか。ピアノとギターのユニゾンによるテーマ、多少入り組んだリズム・パターンなどからアイソトープや「The Dancer」が多少ちらついたりする。また「Makeover」は、かなり前の作品になるがブランドXが割と普通のジャズをやった「Xcommunication」での錯綜する4ビート音楽に近いものも感じたりするが、やはりピアノを迎えての「LP」は「The Dancer」でのバラード・プレイを思い出させる。
 まぁ、まだ探せばそういうところはいくらでもあるだろうが、やはり全体の感触としては、圧倒的にジャズ・ギター・アルバムである。しかも、特筆すべき点は、ここでのボイルは非常に実に芳醇なギター・ワークを展開しているという点だろう。私は昔からギター・ジャズが大好き....という点は抜きにしても、とりあえずクウォリティの高いジャズ・アルバムということだけは間違いないと思う。そんな訳で、本作は久しぶりアルバムを出してくれたボイルに対するお世辞でもなんでもなく最近の愛聴盤となっている。

2010年3月 4日 (木)

MARILLION / marillion.com

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 マリリオンもずいぶん未聴アルバムを溜めてしまったバンドだ。最後に聴いたのが、確か98年の「レイディエーション」だから(これも実はそんなに聴きこんでいない)、10年10枚以上のアルバムが宿題になっていることになる。マリリオンというバンドは、それこそフィッシュが居た頃から大好きなバンドであるのだが、スティーブ・ホーガス以降の彼らはストーンズではないけれど、その時期の音楽動向によって多少味付けは変わったりするものの、やっている音楽は基本的にいつも同じようなところがあり、どのアルバムも安定して高いレベルをキープしている反面、「次にどんなアルバムになる?」的な面では期待薄なところがあるのであるのだ。なので、新作はほとんど漏れなく購入はし続けているものの、「まっ、そのうち聴こう」みたいな感じで、どうも後回しなってしまいがちなのである(すいません)。

 さて、本作は「レディエーション」の翌年(99年)に発表された20世紀最後のマリリオン作品だ。ほとんど初めて聴くのと同様な作品ではあるのだが、1曲目の「A Legacy」の暗いトーンのボーカルによる開幕に続いて、ギターやコーラスが中心となった重厚なマリリオン・サウンドが始まる時点で、「あぁ、相変わらずだな」と、聴いていてほとんど安心感のようものすら感じてしまうから不思議だ。「基本的にいつも同じ」とか「相変わらず」とは書いたが、前々作の「This Strange Engine」がフォーク・ロック、前作がギター・ロックと味付けはいろいろと変えていて、今回はその意味では多少都会的でポップな趣きが多少強く、その意味で「Afraid Of Sunlight」の感触に近いものを感じたりもする。サックスをフィーチャーした2曲目の「Deserve」、マリリオンらしい浮遊感を比較的コンパクトにまとめた3曲目「Go」や5曲目「Enlightened」、前々作ラインのサイケ風な4曲目の「Rich」、ブルース・ロックっぽい6曲目の「Built-In Bastard Radar」、メロディックな7曲目「Tumble Down The Years」など、どれも従来のマリリオンに比べ適度な軽快感があり、本作のポップさをよく出していると曲目群だと思う。

 一方、プログレ的というか、重厚なマリリオン・サウンドを味わうには前述の「A Legacy」の他、15分に及ぶ8曲目の「Interior Lulu」だろうか。浮遊感あるサウンドに乗って暗鬱な情感に満ちた歌で始まり、徐々に色彩的なサウンド(キーボードとギターの絡みが絶妙)に発展していき、そこから一気にアップテンポでシンフォニックなサウンドへと発展して、エレクトリックからアコースティックへのとサウンドの色合いが様々に変化していく展開は、マリリオンのプログレ・バンドとしての職人性が良く出ている。アルバムの真ん中では比較的コンパクトな曲が続いたから、この曲では大サービスといったところだろうか。また、ラストに収録された「House」は、アルバムのクロージング・ナンバーに相応しいバラード風な作品だが、普通なら4,5分で終わらせるところを、なんと10分に引き延ばしてやっている。こうなるともう音楽としてはアンビエント風であり、まるでアート・オブ・ノイズの「モーメンツ・イン・ラブ」にボーカルを乗せたといった趣になっていて、巷の評価は分からないが、アート・オブ・ノイズ、アンビエント大好きな私には、本作中もっとも気に入った作品になった。

2010年3月 2日 (火)

DAVID GILMOUR / David Gilmour

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 フロイド関連の作品は本体ですら、「アニマルズ」以降はほとんど聴いていないような状態だから、ソロともなればそのほとんどが未聴である。本作は「アニマルズ」発表の翌年にリリースされたデヴィッド・ギルモアのソロ・デビュー作だが、発売直後に聴いたような記憶がないでもないのだが、どんな音楽だったか全く記憶にないところからすると、あまりピンとこなかったに違いない。一般的な評価もそれほど高いものではなく、私の周囲でも「プログレっぽさはあまりなく、意外と普通のロック」みたいな地味な意見が多かった。
 とはいえ、個人的にはフロイドで盛り上がっている昨今である。しかも、先日も書いたとおり、私は再結成フロイドに好意的ではあるし、先般ギルモアが出した「オン・アン・アイランド」についても、ことの他愛聴しているともなれば、この作品も今の視点で再び聴いてみる価値は大いにありと思い、「狂気のプロフィール」とセットにして廉価販売しているのを幸いに、購入してきてしまったという訳だ。

 さて、何度か聴いての感想だが、制作年度はとんでもなく離れているものの、実質的な再結成フロイドの後継作となった「オン・アン・アイランド」に比べれば、より「素のギルモア」が出ている作品といえる。音楽は基本的にギター、ベース、ドラムスのトリオで収録されていて、そこにギルモア自身が弾いた思われる最小限のキーボード(これがリック・ライトにそっくり)がダビングされているといった体裁である。それまでのギルモアらしさともいえるスペイシーなギターといった建前より、むしろギルモアのルーツとおぼしきブルース・ロック的な音楽性が表に出ていて、エッジの切り立ったハードなサウンドにブルースを基本とするアーシーな感覚がブレンドされて全面に出ている....といったあたりが特徴だと思う。
 トップに収録された「Mihalis」は、多少トロピカルな趣きもあるリラックスしたフロイド・ナンバーという感じだが、その反面、「Cry From The Street」のハードさや「No Way」といったブルースっぽさといった点では、明らかにフロイドから逸脱したサウンドも聴かせるのだ。また、その一方で、シャッフルのリズムを使った「Deafinitely」などを聴くと、当時の直近のフロイド作品であった「アニマルズ」のサウンドが、大きく影響していることも感じられる。こうした揺らぎ感覚はいかにもギルモアという感じである。

 ともあれ、このどっちつかずなギルモアのセンスに、いかにも70年代なグルーブ感を感じさせるリック・ウィリスとウィーリー・ウィルソンのリズム隊が絡み合って、王道ギター・ロック的サウンドを繰り広げる様はやけに心地よい(私の最近の愛聴盤のひとつになっている)。こうしたギルモアの「シャープさできらりと光るんだけど、時にアーシーところも顔を出す」のギターワークは、近年だとフロイド本体より、むしろポール・マッカートニーの「ラン・デヴィル・ラン」で随所に聴かれたものだけれど、あれほど懐旧的な音楽でもないが、さりとてガチでフロイド的でもない....このあたりが、本作を作るあたってギルモアが考えた立ち位置だったのだろう。先に「素のギルモア」といった所以である。

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● 愚にもつかぬ つぶやき